2024年10月8日から17日までの9日間、石川県能登に滞在してきた。
長崎県壱岐島に住んでいる筆者は、船、飛行機、新幹線、電車と乗り継ぎを重ね、訪ねた。
目指した先は、輪島市門前町黒島地区だ。
黒島は北前船のいわゆるオーナーがたくさん住んでいた場所で、黒光する艶(つや)やかな黒瓦の屋根に格子の柵が美しい住宅が立ち並ぶ。
2024年元旦、石川県を大地震が襲った。黒島地区も例外なく被災し、古き良き見事な建物を一瞬にして、倒壊させた。
黒島地区に住み、町の消防団長を務める升潟修(ますがた おさむ)さんは、ご自宅で震度7強の地震を経験した。
「今までに感じたことのない揺れだった。揺れが収まり、家の外に出ると、土埃(つちぼこり)が舞っていた」
それは数々の住宅が倒壊したことによる土埃だったという。
お正月だったこともあり、黒島地区には帰省している人も多く、被災前の2倍にあたる300人程度が同地区にいたそう。
水も電気も止まってしまったが、幸い升潟さん宅には、山から引いてきている水があった。
「山から家に引いているパイプが折れて、ちょうど隣の駐車場に流れ出ていた。それで水道は止まっていたけど、みんなここで水を汲(く)んで使うことができた」
当時は避難所である公民館に集い、各家からお米を持ち寄り、升潟さんの水を使って炊いていたという。
災害が起こる前、約150人が住んでいた同地区は、現在では100人程度の住民数になり、その約半分は仮説住宅に住んでいるのだそう。
「17年前の2007年にも震度6強の地震があった。その時はまたこんなに大きな地震が来ると思っていなかったから、住民は家を修繕した。今回の地震ではその余力がない」と、町の現状を話してくれた。
「能登は優しや、土までも」という言葉の通り、多くのボランティアや同地区を訪ねてくる人に升潟さんは気さくに接していた。
離れている自分に何ができるのか尋ねると「またこうして遊びにきてくれたら良い。次は違う季節においで。そしたら美味しい食べ物が違ってくる」と優しく答えてくれた。