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2024年12月に行われた紅白歌合戦のリハーサルで、祖父の代から続く自前の綿入れはんてんを着て話題になった日本レコード大賞2年連続受賞のバンド、Mrs. GREEN APPLEのボーカル大森元貴さんのニュースが強く印象に残っている。実は、日本で生産される綿入れはんてん(以下、はんてん)の90%以上が福岡県の筑後地域で作られているのをご存じだろうか。
このはんてんを家でも外でも楽しみ、場所に応じて使い分ける、和装が大好きな福岡県八女市のSさんご家族にはんてんの魅力と着心地について伺った。
Sさんは30代の女性。30代の夫と3歳の娘の3人暮らし。
取材を行った日は雨の降る2月初旬で福岡といえど肌寒い1日。この日も、3人それぞれ自前のはんてんを羽織っておられた。
はんてん工場や絣(かすり)工房が多くある福岡県筑後地域に生まれ育ったSさんにとって、和装やはんてんは幼いころから身近な存在だった。
6年ほど前、八女福島の白壁の町並みにあった、レンタル着物店を知ったことをきっかけに着物を着るようになった。デザインは豊富ながら、安価で気軽に楽しめるポリエステル素材の洗える着物に出会ったことで着物熱が再燃した。
八女福島の白壁の町並みにまちゆきの着物はよく合う。
それに合わせる形で夫も着物を着るようになった。着物は柄が豊富で華やかなものが多くある。洋服ではけんかしてしまうような個性的な柄と柄を合わせてコーディネートできることも魅力の一つ。
一方のはんてんは、家で着るイメージ。
最近のデザインは、現代の生活スタイルに合わせたシンプルな色柄の組み合わせが多く、Sさん自身はピンとこなかった。
そこで筑後地域にあるはんてんメーカーの商品をいろいろ探していたところ、レトロながらモダンな風情もある赤いつばき柄の華やかなはんてんを見つけた。これなら外へ着て行っても気分が上がると思い購入した。
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一方、夫は、紺を基調とした太い縦じまに白の点線柄のはんてんを着用。ジーンズにも和装にもよく合うデザインが、気に入っている。
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3歳になるSさんの娘は、黒の別珍襟に赤地に絣調柄のはんてん。短く切ったぱっつん前髪がはんてんによく似合っている。
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はんてんを家族で楽しむようになったのはこの冬からだが、Sさんがはんてんを着て過ごすにつれ、「早く着れば良かった」と思ったそうだ。
はんてんは「着る布団」ともいわれるほど、中わたに程よく暖かい空気を含み、やわらかな着心地なのだ。
出先で、疲れた娘が横になった際さっと敷けば敷布団代わりに。そして、夫のはんてんを掛け布団のようにかける。
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ダウンのようにペタッとせず、程よい暖かさを保ってくれる。
取材中も、はんてんに包まれ、すやすやと眠る姿がかわいらしかった。
出先で眠った娘を抱きかかえて車まで連れていく際には、普通に着る時とは反対に、後ろ前にしてはんてんの袖に自分の腕を通しずれ落ちないようにし、ケープ代わりに娘を包んで使っている(※必ずお子様のお顔が見える状態で、安全面に充分注意してのご使用をお勧めします)。
「ねんねこはんてん(ばんてん)」というものがある。
乳幼児を背負う際に、背負った子どもの保護や保温のために羽織る専用のはんてんで、子どもを背負いひもでおんぶした上から羽織る。「モチモチの木」という絵本にも登場するはんてんだ。
「綿メインで作られているはんてんは、フリースなどのように静電気も起きにくい。また、熱がこもりすぎないため、寒い屋外から暖かい室内への移動の際も暑くなりすぎない」とSさん。
幼稚園の送り迎えの際にも活用しており、お孫さんを送り迎えするおじいさん、おばあさん世代の方々にも「あったかそうね〜」と声をかけられ、そこから対話が生まれる。
娘は外出時は寒いため袖のあるはんてん。ものを食べたり飲んだりすることの多い自宅、自転車の練習の時にはサポーターをつけるため、袖が短いものなどと使い分けているとのこと。
「昔のものは理にかなっているな。子育て世代にぴったりだな」としみじみ感じる。
着こなしのコツは?と尋ねると、和服はもちろん、パーカーの時はフードを出して着たり、普通のアウターと同じ感覚でコーディネートのバランスを考え、アームカバーや綿のマフラーを合わせて体温調節をし楽しんでいる。
もともと、福岡県筑後地域は木綿の織物で、日本の重要無形文化財に指定されている久留米絣の産地であることから、綿織物の生産が盛んな土地柄。
戦後の洋装化で久留米絣の需要が減り、織元が洋服にも加工できる生地幅を開発し、それだけでは売れないので、はんてんをつくって販売するようになったと、はんてんメーカーの方からお聞きしたことがある。
その後オイルショックで燃料が高騰。省エネ志向の高まりからはんてんがブームとなった。
今もなお生産されているが、ファションの変化、生活スタイル、住宅事情の変化により、最盛期より下火になっている。メーカーでは、現代の生活スタイルに合わせデザインや形も多種多様に変化させ、試行錯誤を繰り返している。
また、海外向けの商品開発にも力を入れるなど、生き残りをかけ各メーカーはしのぎを削っている。
しかしながら、はんてんは手作業の工程が非常に多く、今も昔と変わらず、1枚1枚丁寧に作られており、職人さん不足も問題になっている。
燃料費の高騰が著しい昨今、エコの観点からも少しずつはんてんが見直されつつある。日本の中でも九州福岡という比較的暖かい地域ではんてんが生産され、そのはんてんが桜前線のように北上し、寒い地域の方々が着用されている様子を想像すると、はんてんという暖かいもので遠くの人とつながっている気がする。
「はんてんの唯一の難点はもこもこと着ぶくれるため、アパートで着ていると、袖などが不意に室内のものにあたり、知らないうちに小物が落ちている場合がある」
「次に買うなら外でも家でも着られるデザインで、袖の短いものを購入し、春先まで楽しみたい」とSさん。
昭和生まれの筆者もはんてんを着ると心がほっと緩む。Sさんご家族のようにはんてんが今も昔も世代を超え、家族の心と体のあたたかさをつなぐものであってほしいと切に願う。