新幹線が中世遺跡を貫く!?田園にぽつんと、おむすびのような山が見える「舘トンネル」の風景【宮城県白石市】

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宮城県白石市の田園地帯に、東北新幹線が通り抜ける全長50mのトンネルがある。高速バスの車窓から眺め続け、心ひかれていたその風景。ふと思い立って調べてみると、そのトンネルがある小さな山の正体は中世の城館遺跡だった。

高速バス左窓に現れる風景

東北自動車道の白石インターチェンジからおよそ8キロ南。高速道路と国道4号線の交差する辺りから新幹線の高架までの約450メートル区間で、上り車線を走っていると左手に見える景色だ。

Cap:地理院地図を元に加工

平坦な田園の真ん中に、ぽつんと小さな山が立っている。その山の両側には新幹線の高架がまっすぐに伸び、山の部分だけ高架が見えない。まっすぐ伸びる高架が小さな山の部分だけ途切れているのだ。

Cap: まっすぐな高架線が、この区間だけ姿を消す(2025年11月撮影)

いつからだろうか。この場所を通るたび、この景色を眺めるのがちょっとした楽しみになっていた。高架ができた後に盛り土したとは考えにくい。それならば、もっとあのトンネルについて知りたいと思い、調べてみることにした。

遺跡にトンネル?!

そもそも東北新幹線開業前に、この小山はあったのだろうか?

国土地理院が提供している、1947年に撮影されたこの地区の航空写真によると、この小山は新幹線工事前からあったことが確認できる。おそらく写真中央やや下、海に浮かぶ小島のようにぽつんとたたずんでいるのが、くだんの小さな山だろう。山の右側には北から南にまっすぐ伸びる東北本線や、今も同じように流れる斎川(さいかわ)も確認できる。

国土地理院提供「地図・空中写真サービス」(1947年10月31日撮影)

https://service.gsi.go.jp/map-photos/app/map?search=photo&id=77543&search_date_from=1940&search_date_to=1960&color_type_ids=1%2C2&scale_from=0&scale_to=99999999&lon_min=140.57467251338085&lon_max=140.67597531461917&lat_min=37.939227905756155&lat_max=38.002086996584865#12/37.97805201900002/140.618463048
国土地理院提供「地図・空中写真サービス」リンク

『東北新幹線工事誌 大宮・盛岡間』(日本国有鉄道、1983年発行。以下、工事誌)をたどってみると、このトンネルは延長わずか50メートルの舘(たて)トンネルであることが分かった。工事誌によれば、舘トンネルの前後は蔵王トンネル(東京側)と第1白石トンネル(白石蔵王駅側)であり、工事誌付録の線路縦断面図によれば、第1白石トンネルは白石蔵王駅よりも仙台駅側にある。つまり、舘トンネルは蔵王トンネルと白石蔵王駅の間にあり、地理院地図で同区間内にあるトンネルはここだけである。長さも位置も一致しており、舘トンネルで間違いなさそうだ。時速200キロを超える新幹線にとって、この小さな山を迂回するのは現実的ではない。トンネルで貫いた理由は理解できる。

ところで、舘トンネルの「舘」とはなんだろうか?

この山の名前だろうか。少なくとも地理院地図では山の名前は表示されないし、近くに舘という地名も見つけられなかった。不思議に思い調べていくと、この山は飯詰館跡(いいづめたてあと)という、中世の砦や物見台であった可能性が高い遺跡だと分かった。トンネル名はこの遺跡、飯詰館跡の「舘」に由来しているのかもしれない。JR東日本に社内の資料を調べたりOBの方に聞いたりしてもらったが、はっきりとした由来はわからなかった。

遺跡にトンネル……この組み合わせは、正直なところすぐには頭の中で結びつかなかった。遺跡は遺すもの、そんな風に思っていたからだ。「新幹線が山をくぐり抜ける面白い場所」として眺めていた風景が、実は遺跡だったと知り、しばらく混乱したのを覚えている。

短いトンネルの中の発見

さらに調べると、東京~新青森間で延長65メートル以下のトンネルは7本ある。最短は栃木県内の前原トンネル(20メートル)。地理院地図ではトンネルを確認することはできず、地図を拡大してみても線路が道路の下をくぐる区間はあるものの、道路との立体交差(跨線橋)という印象で、「山を貫くトンネル」という感じはしない。

https://maps.app.goo.gl/aFDfUYxZQvFtJpNcA
※位置情報(Google マップ)
これが前原トンネルだろうか? ご存じの方がいたら教えてください。

他の6本も、山や丘陵が続いている場所の一部を短く抜けるものばかりで、平野の真ん中にぽつんと立つ小さな山を、「トンネル」として貫いているのは舘トンネルだけだった。西に蔵王連峰を背負った白石盆地の南東端で、周囲に空が開けているおむすびのような山がぽつんとあり、その中を新幹線が通り抜けていく。この景観は、数百キロの路線の中でここだけと思われるのだ。

高速道路だから見える景色

あらためてあの風景のことを考えてみると、ある事実に気づく。トンネルを間近で見たいと思って高架の下まで近づいてみたのだが、きれいに見えるどころか全く見えなくなってしまったのだ。

山の近くまで行ってみると、高架が見えなくなってしまう(2026年2月撮影)
地上からだと遠くて、高速バスからの迫力とは印象が大きく異なる(2026年2月撮影)

高速道路は新幹線高架とほぼ同じ高さにあり、高速バスはさらに座席位置が高い。そのため、トンネルの様子がより立体的に見えていたのかもしれない。路肩の樹木が落葉し枝だけになった冬季は、一年の中でも特に視界が開けるため、さらにはっきりと見えたのだろう。

記録から記憶へ

2025年11月、いつものように高速バスの左側の席から眺めた風景。まっすぐに伸びる高架と小さな山は変わらなかったが、この界隈(かいわい)で土地の造成が始まっていることに気がついた。山ばかりを見ていて、手前の変化に気づかなかったのだ。

2026年2月現在、現地では工事が本格化している。その後、舘トンネルを調べていて検索結果に現れたのが「白石中央スマートインターチェンジ周辺開発」。調べてみると、2021年9月から計画は進められており、スマートインターチェンジの開設に合わせ、道の駅しろいし(仮称)やスポーツ・レクリエーション施設、工業・物流団地など、東京ドーム10個分強にあたる約50ヘクタールが開発される予定だという。

(2026年2月撮影)

田んぼの中にぽつんとあった静かな山は、これから物流倉庫や新しい施設に囲まれることになるのだろう。高速バスの車窓から見えていた、この開けた風景は失われるかもしれない。変化を止めることはできないし、地域に新たな活力をもたらす開発は必要なことだ。

よくよく考えれば因果なもので、高速道路も新幹線も、かつてはこの土地を大きく変えた開発だったはず。それでも、開発によって生まれたこの風景が、ずっと気になってしかたがなかったのだ。

だから、今のうちに気づけてよかったと思う。宮城県白石市の田園地帯に、遺跡の中を新幹線が通っている風景があること。誰かが意図して開発したわけではないのだろうに、結果的にこのクスっとしてしまうような配置が生まれていたことを。

この空が広がる風景も、数年後には工場や倉庫が立ち並ぶ、賑やかな場所になっているかもしれない

数奇な経緯を背負った小山

ところで、この山の所有者は誰なのであろうか。高架が通っているということは東日本旅客鉄道株式会社なのだろうか。土地の登記簿謄本を取得したところ、山の大部分は個人が所有しているが、1973(昭和48)年10月に路線敷地(と思われる)部分が分筆(土地を分けること)され、現在は東日本旅客鉄道株式会社の所有となっている。当然といえば当然だが、工事誌によれば、1971(昭和46)年11月から土地の取得の協議が始まり、1973年8月に土地の取得が終わっており、それを受けて個人から土地を分けたのであろう。

報告書を読むと、この遺跡を最初に見つけたのは東北自動車道の建設調査だったこともわかる。1968(昭和43)年に分布調査で存在が確認され、1973(昭和48)年には発掘調査が行われていた。 その後、新幹線のルートがここを通ることになり、何らかの理由で当初の工事予定から変更された結果、主要な遺構は削平をまぬがれることとなったと報告書には記されている。 高速道路建設で見つかり、新幹線がその中を通り抜けることになった中世の城館。私が高速バスの窓から眺めていた小さな山は、そんな経緯を背負った場所だった。

阿部哲也

阿部哲也

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