
ベトナム中部の古都、ホイアンを歩くと、まず印象に残るのが、やわらかな黄色に統一された街並みである。ランタンの鮮やかな色彩とは対照的に、この黄色はどこか落ち着きがあり、街全体に静かな調和をもたらしている。
なぜ、この街は黄色なのか。その理由はひとつではない。ホイアンの色は、歴史、気候、そして文化が幾重にも重なり合うことで形作られてきたものである。

目次
フランス植民地時代が残した色彩の記憶
19世紀後半、ベトナムはフランスの統治下に置かれた。その影響は、建築様式や都市景観にも色濃く残っている。
当時の建物には、黄色や黄土色といった暖色系の外壁が多く用いられていた。これは装飾的な美しさだけでなく、強い日差しをやわらかく反射するという実用的な理由もあったとされる。石灰を用いた塗料は、湿度の高い環境において防カビや耐久性の面でも優れており、熱帯気候に適した選択であった。
ヨーロッパ、とりわけ南フランスのニースの街並みに見られる暖色系の外壁もまた、強い光と共存するための知恵である。ホイアンの黄色には、そうしたフランスの建築的感覚が遠く反映されているとも考えられる。

気候と素材が導いた、生活としての色
ホイアンは高温多湿の気候にある。白い壁は汚れや劣化が目立ちやすく、濃い色は熱を吸収しやすい。その中間に位置する黄色は、視覚的なやわらかさと実用性を兼ね備えた色であった。
また、石灰をベースとした塗料は、時間とともに風合いを増していく。完全に均一ではないその色合いは、むしろ街に奥行きを与え、時間の積み重ねを感じさせる。
つまりこの黄色は、意図的に「選ばれた色」であると同時に、環境の中で「残ってきた色」でもある。


アジアの文化が重ねた意味
ホイアンはかつて、日本や中国をはじめとする商人たちが行き交う国際貿易港として栄えた街である。そのため、この街の文化にはアジア各地の影響が色濃く残っている。
東アジア・東南アジアの文化において、黄色は繁栄や幸福、時に神聖さを象徴する色とされてきた。中国文化においては皇帝の色ともされ、特別な意味を持つ。
ホイアンの黄色は、単なる外壁の色ではなく、こうした文化的な価値観とも無縁ではない。フランスの影響だけでは語りきれない、多層的な意味を帯びているのである。
世界中の人が、この色に引き寄せられる
現在のホイアンは、UNESCO(ユネスコ)の世界遺産として登録されていることもあり、世界中から観光客が訪れる街となっている。
特に印象的なのは、ヨーロッパからの旅行者の多さである。かつてフランスの影響を受けたこの街に、今またヨーロッパの人々が集まり、その風景を楽しんでいる。
黄色い壁の前で写真を撮る人々の姿を見ていると、この色が単なる装飾ではなく、「旅の記憶をつくる背景」として機能していることに気づく。歴史の中で生まれた色が、現代においても新しい意味を持ち続けているのである。


色は、ひとつの理由では語れない
ホイアンの街が黄色い理由は、単純ではない。フランス植民地時代の建築様式、熱帯気候への適応、そしてアジアの文化的価値観。それらが重なり合い、現在の景観が形成されている。
街を歩きながらこの色の背景に思いを巡らせると、見えてくる風景は少し変わる。美しいだけではない、時間と文化の層が感じられるようになる。
ホイアンの黄色は、誰かが決めた色ではない。歴史の中で選ばれ、残されてきた色である。そのやわらかな色合いの中に、この街が歩んできた記憶が静かに息づいている。



※写真は全て筆者が撮影(2026.03.23)





