横浜の会場に足を踏み入れると、もう空気が違う。あちこちのブースから「これ、どう教育に使えますか?」「うちの研修に入れたい!」という大人の熱い声が飛び交う。
4月19日、ビジョンセンター横浜みなとみらい701+702で行われた「教育×ボードゲーム」の可能性を語り合うイベント「Play&Learn」の現場は、バチバチに熱気が渦巻いていた。

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ぼくは去年、何もわかっていなかった
実は、ぼくは昨年、一人の参加者としてこの場にいた。当時はただ「面白いな、活気があるな」とのんきに笑い、体験ブースに出展されているゲームで遊んだだけだった。しかし今年は会場に参加はできなかったものの、イベントを主催しているボードゲーム編集者の石神康秀(いしがみ・やすひで)さんと話をする機会をいただいた。そして、ぼくの浅はかさを知ることになる。
カオスな熱狂の中心にいるはずの仕掛け人、石神さんは、僕に向かって真顔でこう語ったのだ。
「本当にやりたくないんです。私はただの出展者になりたいのに」
えっ? なんで? こんなに大盛況なのに!?
彼の言葉は「橋がない川を車で飛び越える」みたいに飛躍している。論理が通っていないように聞こえるのに、なぜかその言葉のリズムに引き込まれてしまう。
彼がこの熱狂の場を守り続ける裏にある「謎の情熱」と、ゲームが持つ恐るべき力。それを、ぼくはどうしても伝えたいと思った。

「話が早すぎる」教育の最前線
このイベントに集まるお客さんは、とにかく話が早い。
普通、教育や研修にゲームを導入しようとすると「ゲームなんて遊びでしょ?」という壁を崩すところから始めなければならない。
しかしここに来る人は、すでに「ゲームでどう研修をハックするか」という前提を持っている。だから入り口から「どのくらいの金額で研修できますか?」「学習効果のエビデンスは?」なんて前のめりな議論が始まる。
これがもう、めちゃくちゃ話しやすくて面白い。
でも、石神さんはただ「楽しいゲーム」を広めたいわけじゃない。彼の教育への視点は鋭く、そして少し恐ろしい。
「楽しくないと学べない。でも、疑似体験は強いから、悪用すれば洗脳なんて簡単ですよ」と、笑顔で恐ろしいことをさらりと語る。
例えば、倒れてくる柱から子供を守るゲーム。本来は「柱を直す」ことが本質なのに、ゲーム内で「倒れてくる柱は制御不能」というルールを組み込むと、人はそういうものなのだと飲み込んでしまう。人は自ら進んで始めたものに対しては無防備になってしまうのだ。
さらに、子どもを助けることは道義的だという「常識的行動」だからこそ、ゲームによって飲み込んでしまったことを日常にも持ち帰ってしまう。
ゲームが持つ、この強烈な疑似体験のインパクト。だからこそ、ここには社会課題を本気で解決しようとする大人たちが、熱狂とも感じる情熱を胸に、自分が開発したゲームを抱えて集まってくるのだと、ぼくは確信した。

理想上限で大成功して、赤字確定の構造
しかし、このイベントにはとんでもない裏がある。
今回は過去最大の出展数52ブースで出展者は225名、来場者は160名と、イベントの規模や集客数を見れば大成功していると感じる。

しかし、会場費やお弁当代といった諸経費に対し、出展料と入場料を合わせた収益は、どう計算しても追いつかない。
つまり、出展者も来場者も上限まで集まって「大成功」すればするほど、石神さんの持ち出し――赤字は膨らんでいくのだ。
「出展料を上げれば解決するんじゃないですか?」
ぼくの中にわき上がってくる素朴な疑問を投げかけると、石神さんは首を横に振る。それをやると、資金力のある企業しか出展できなくなるからだ。
「世の中には、アイススケートの靴も履かずに氷の上を走っている人が『アイススケート』として評価されちゃう世界がある。それが嫌なんです」
彼が求めているのは、高校生や大学生が作ったような「わけのわからない面白いもの」や情熱の原石を、プロと同じ土俵にきれいに並べて評価すること。その機会を守るために、彼はあえて安い出展料を維持し、自腹を切って赤字を背負っている。
効率ばかりが重視される現代社会において、この「赤字」は、実は僕たちが失ってはいけない人間性の担保のようなものかもしれない。
居場所がないなら自分で作るしかない
もともと、石神さんは「ゲームマーケット」という国内最大級のイベントに出展していた。しかし、そこはあくまでエンターテインメントの場。「教育や研修」を目的としたゲームは、どこか浮いていた。
「来場者にうちのゲームの話をしても『あ、分かったんで大丈夫です』とあしらわれる。それがとにかく嫌だった」
研修ゲームの出展者を集めて全体で大きな企業ブースを使うようになった。
ところが、ゲームマーケット全体が大きくなり、主催者側がブースのサイズを小さくする動きを見せた。
石神さんたちは集まって出展していたため、「ブースが半分になると半分の出展者しか出られない」と困惑し、交渉したものの、イベント側の方針が変わることはなかった。
「それなら、自分たちだけでイベントを立ち上げよう」
そうして横浜で産声を上げたのが、教育・研修・社会課題テーマのボードゲームの祭典「Play&Learn」だ。
だが皮肉なことに、その場を作った彼自身は出展者たちのマネジメントに追われ、自分自身が一番やりたかった「出展」をする余裕は、どんどん削られていったのである。
一人の「プレイヤー」であり続けるための、不器用な戦い
石神さんは、ぼくに釘を刺すように、でも少し照れくさそうにこう言った。
「あまり僕を、立派な人間に書かないでくださいね」
周りから見れば、彼は教育の新しい扉をこじ開ける「旗振り役」に見えるだろう。でも、本人の自認はどこまでも一人の「ゲーム愛好家」であり、最前線のプレイヤーなのだ。
自分が一番イケてるゲームを出展したい。誰よりもその場を楽しみ、他の出展者とバチバチに競い合いたい。そんな純粋で、ある種「わがまま」なほどの欲望があるからこそ、彼はあえて「主催者」という、面倒で、孤独で、時に独断的とも言われる大変な役回りを引き受けている。
「早く誰かに任せて、ただの出展者に戻りたいんですよ」
毒づくようなその言葉の裏側に、彼がこの場に込めた「嘘偽りのない本気」が透けて見える。誰よりもこの場を愛しているからこそ、彼は今日も、身銭を切りながら「最高に面白いカオス」を守り続けているのだ。
常識を飛び越える、圧倒的な体験を
石神さんの頭の中を、完全に理解することはできないかもしれない。でも、理解できないものを理解しようとするプロセスそのものが、途方もなく面白いのだ。
世の中の課題解決って、真面目な会議室で綺麗に話し合っても答えが出ないことが多い。でも、この泥臭くて、熱量が高くて、少しカオスな「Play&Learn」の空間には、常識を覆す本当の学びの種が落ちている。
もし、あなたが日常の「正論」に息苦しさを感じているなら、あるいは「わけのわからない面白いもの」に出会いたいなら、ぜひこの熱狂の場に飛び込んでみてほしい。そこには、橋がない川を車で飛び越えるような、圧倒的な体験が待っている。
そしてその時、運営に追われてイライラしている石神さんを見かけたら、心の中でそっとエールを送ってほしい。彼が「ただの出展者」に戻れる日が来ることを、密かに願いながら。
※写真はすべて2026年4月19日、ボードゲームコーディネーター・たかひ老撮影
情報
「Play&Learn」の出展や参加に興味のある方は、こちらから情報をどうぞ。
「Play&Learn」公式WEBサイト
https://playandlearnevent.com/
【研修ゲームラボ】イベント出展共有グループ
https://www.facebook.com/groups/2123843754306829





