あなたは「平和」と聞いて、どんな光景を思い浮かべるだろうか。静かで、平穏で、一糸乱れぬ秩序が保たれた世界だろうか。
もしそうなら、神奈川県三浦郡葉山町を拠点に東京とリトアニアで活動する音楽家・鬼無亮仁(きなし あきひと)さんが紡ぎ出す「民族音楽ゴスペル AK choir(エーケークワイア)」の場は、その固定観念を優しく、しかし強烈にひっくり返してくれる。
そこに集まるのは、年齢も、バックボーンも、歩んできた人生も全く異なる「老若男女」だ。
亮仁さんの指導は_一人ひとりの個性を尊重しながら、その人らしい声を育てていくものだ。バラバラな個性が消されることなく、全体として圧倒的な一つの共鳴へと変わっていく。
正直に言えば、ついこの間までのぼくは、世界平和なんてどこか遠い夢物語だと思っていた。
だけど、この目の前の美しい共鳴に触れたとき、本気で信じられるようになった。
「誰もが自分の“好き”を否定されることなく語り、やりたいことができる場」。これをつくり、広げていくことこそが、世界を平和へと裏返していく唯一の道なのだ、と。

目次
生死のはざま、そして「光」の記憶
亮仁さんの奏でる音楽の根底には、かつて命の淵で目撃した、圧倒的な記憶が流れている。
クリスチャンの家庭に生まれ、オペラ歌手として活動していた若き日の彼を、凄惨(せいさん)な交通事故が襲った。アゴの骨が砕ける大けが。自身の身体こそが楽器である声楽家にとって、それは「音楽人生の終わり」を意味していた。
暗黒の絶望、生死の境をさまよう中で、彼は「もう一つの世界」、いわゆる臨死体験をする。ただただ温かい光に包まれる、言葉を超えた心地よい世界だ。現実と光の世界を何度も行き来する時間。奇跡的に生還した彼の中に残ったのは、光の「波動」だった。
事故で一度は声を失った。しかし、その頃に聴いたゴスペルが、再び声を取り戻すきっかけとなった。それまで学んできた声楽とは異なる発声のあり方に触れ、声とは技術だけで出すものではなく、身体の奥にある命そのものを響かせるものなのだと感じた。
その体験は、臨死体験の中で感じた「すべての命がつながっている」という感覚とも重なっていく。だからこそ、「すべての命がそれぞれの波長で響き合う世界」への思いは、失った声をゴスペルによって取り戻したこの体験に根源を持っている。
彼がもともと学んできた歌い方に矯正しないのは、あの絶望の果てに見てきた「本来あるべき世界の調和」を、今この現実世界に再現しようとしているからなのかもしれない。
リトアニア、「歌う革命」の国との宿命的なシンクロ
その魂の探求は、2014年、バルト三国のリトアニアへとつながる。
ソ連やドイツに占領され、言葉を奪われてもなお、農作業の中でこっそりと歌を紡ぎ、アイデンティティを守り抜いてきた「歌う革命」の民。
4年に1度の「歌の祭典」で、何万人もの人々が涙ながらに大合唱する姿を見たとき、亮仁さんの心で何かが爆発した。「素晴らしい」で終わらせず、その正体へ狂気的に突き進むのが、彼の生き様だ。
そこで出会った名曲『マノ・クラスタス』。
「戦争で亡くなった魂は、春に花となって還(かえ)ってくる」と歌うその死生観に触れたとき、
「日本人が持っている精神文化と、全く同じだ」
確信した亮仁さんは、この異国の歌に日本語の歌詞を乗せ、魂を込めて歌い始めた。その祈りは国境を越え、リトアニアの人々の心を震わせ、現地で話題となり、大きなうねりを巻き起こす。
「私たちの大切な曲を日本語に翻訳して歌ってくれている日本人がいる!」と。
実は、この曲を聞き、歌った時に、リトアニアに何の縁もなかったぼくの頬にも、なぜか自然と涙が伝った。理由なんてわからない。ただ、身体が共鳴してしまったのだ。
2025年、侵攻の影と「未来の音」
2025年夏。ウクライナ侵攻の影が落とす、強い緊張感の中、亮仁さんは再びリトアニアのステージに立っていた。2018年の「歓迎の空気」とは一変した、切実な祈りの現場。
首都ヴィリニュスのカジミエル教会や、カウナス国立チュルリョーニス美術館でのコンサートは大成功となる。

現地の伝統楽器「カンクレス」の音色に日本語の歌声が重なった瞬間、立ち見が出るほど満席の会場は一つに溶け合った。
「国を超えて未来を作るには、この音楽が必要なんだ」
観客から浴びたその痛切なメッセージ。言葉や国境という壁は、共鳴する一音によって、こんなにも鮮やかに飛び越えられるのだということを、彼は全身で証明した。
2025年に開催された万博でも、「バルトの日」にちなんだ国際交流の機会としてコンサートを開催した。


葉山で巻き起こる、混沌の「調和」
日本とリトアニア、二つの国が音楽で響き合うことで、世界は平和になっていく。その思いを一層強めた亮仁さんのエネルギーは今、拠点である葉山町で新たな渦を巻き起こそうとしている。

来る3カ国公演を見据えつつ、彼は2026年8月22日、葉山町の福祉文化会館で「夏の国際文化交流祭」を開催する。
リトアニアから16名の吹奏楽団が来日するだけでなく、地元の小中学生、さらには逗子市にある「スタジオみらい」のメンバーも参加する。
「スタジオみらいの子たちは南中ソーランを踊り、楽器を持った子たちはマツケンサンバを弾き、無理な人は『ふるさと』を歌う。どうなるかわからないけど、とにかくみんなで一緒に音楽を作るんです!」
亮仁さんは少年のように目を輝かせて語る。プロも素人も、国籍も関係ない。すべての人が「声」と「音」でつながり合う、まさに彼が理想とする「調和」の世界が、葉山の地で具現化されようとしている。
葉山の古いオルガンが奏でる、静かな祈り
海や山の自然を愛するアーティストが集う葉山という街の空気は、彼が死の淵で見た波長とどこか重なっている。
パートナーの美穂さんが営むオーガニックワインを提供するお店の一角にある、1台の古いオルガンにもストーリーがある。
月に1度開催されるチャリティーコンサートで亮仁さんがその鍵盤に触れ、時に静かに、時にはみんなではじけるように音を鳴らすとき、とある修道院に豊かさが巡らされる。
それとともに、リトアニアの聖堂で響いた祈りも、ウクライナの地が抱える痛みも、そして葉山の波音も、すべてが一つの美しいハーモニーへと溶けていく。
世界平和とは、誰かを正すことではなく、自分の「好き」を響かせ合い、目の前の誰かと心地よく共鳴すること。
そんな夜明けの歌は、もう、ここから始まっている。
※写真は全て鬼無亮仁さん提供
情報
鬼無亮仁さんの活動情報は、こちらからご覧ください。
一般社団法人ガイアミュージックHP:https://gaiamusic.or.jp





