変わりゆく街で、変わらない地元への愛着や誇り――尾張西枇杷島まつりの打ち上げ花火【愛知県清須市】

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2026年6月5日(金)、愛知県清須市で尾張西枇杷島(にしびわじま)まつり花火大会が開催された。

コロナ禍による休止期間を経て、2025年に6年ぶりに復活した花火大会だ。その後、5年ごとの開催とする方針も示されたが、署名活動などを経て見直され、2026年も開催された。

変わりゆく街並みを見つめながら、続いてきた夏の風景の意味を改めて考えた。

夏の訪れを告げる風物詩

夕方、花火を見るために庄内川の堤防沿いを歩いていると、今年も夏が来たのだと感じる。

200年余り続く尾張西枇杷島まつりにとって、打ち上げ花火は山車(だし)とともに祭りを象徴する存在だった。

河川敷には家族連れや友人同士、浴衣姿の若者たちが集まり、それぞれが打ち上げの時間を待っている。

そのにぎわいの中で、昨年の祭りでの出来事を思い返していた。

5年ごとの開催案に驚いた昨年の夏

昨年、祭りのメインストリートである美濃路を歩いていた時のことだ。

何かを訴える署名活動が行われているのを見かけた。近づいてみると、西枇杷島の花火について、毎年の開催継続を求めるものだった。

安全面や資金面の課題から、「5年ごとの開催」という方針が示されていたことを、その時初めて知った。

子どもの頃から見てきた「西枇(にしび)の花火」。毎年あるものだと思っていた花火が、5年ごとになるかもしれない。その話に大きな衝撃を受けた。

きっと同じ思いを抱いた人は少なくなかったのだろう。

その後も、有志による署名活動が続けられ、継続的な開催を求める声が広がった。方針は見直され、2026年の花火大会は開催されることになった。

近年は全国各地で、安全面や資金面の課題から存続が難しくなる花火大会も増えているという。

西枇杷島の花火も、決して当たり前に続いてきたわけではなかった。
多くの人が残したいと願い、支えてきたからこそ今がある。そのことに、あらためて気づいた。

変わりゆく街の景色

会場へ向かう途中に見た街並みは、かつての記憶にある景色とは、ずいぶん様変わりしていた。

子どもの頃にお神輿(みこし)を担いだ後、もらった入浴券を握りしめて向かった銭湯は、もうない。

「狭すぎるホームがある駅」として知られていた名鉄西枇杷島駅は改修工事が完了し、安全で使いやすい駅へと生まれ変わっていた。

枇杷島橋も陸橋も大規模な架け替え工事が進んでいる。

祭りの形も変わった

尾張西枇杷島まつりといえば、例年6月の第1土・日曜日の2日間開催で、花火の打ち上げは土曜日が定番だった。
この地方ではかなり早い時期の花火大会として知られている。

しかし2025年からは安全面への配慮により3日間開催となり、花火の日と、屋台が出て山車のひき回しが行われる祭り本番の日が分けられるようになった。

長く続く祭りだからこそ、時代に合わせて変わる部分があるのだろう。

それでも、変わらないものがある

打ち上げ開始の時間になり、一発目の花火が上がると、周囲から「おおっ」という歓声が上がった。

庄内川の河川敷から打ち上げられる西枇杷島の花火は観客との距離が近い。

打ち上げられる数は200発あまり。大規模な花火大会ではないが、間近で見る迫力がある。

夜空に花が開くたび、体の芯まで響くような音が伝わってくる。

その感覚は、子どもの頃に見上げた花火と変わらなかった。

「5年ごとの開催になるかもしれない」

そんな話を聞いて驚いたのは、まだ1年前のことだ。

あって当たり前だと思っていた夏の風景が遠ざかってしまうのだろうか。
あの時は、そんな寂しさを感じていた。

来年はどうなるかわからないけれど、今年、庄内川の夜空には花火が上がり、この地域の夏の風景として刻まれた。

堤防には家族連れや友人同士、浴衣姿の若者たちが集まり、同じ空を見上げている。

多くの人が必要だと思い、守り、続けようとしてきたからこそ、この夏の風景は受け継がれているのだろう。

守られてきたのは花火大会そのものではなく、地元への愛着や誇りだったのかもしれない。

今年の花火を見ながら、そんなことを考えていた。

写真は全て筆者撮影(2026年6月5日撮影)

情報

尾張西枇杷島まつり花火大会
打ち上げ日時:2026年6月5日(金)19時30分〜20時05分
開催場所:庄内川リバーランド

尾藤まな

尾藤まな

愛知県出身。関西での暮らしを経て、現在は名古屋市在住。地域の日常に目を向け、人の営みの中にある小さな光をすくい上げたいと思っている。キャンプも好き。

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