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バンコクで感じた不思議な既視感
バンコクの中心部にあるフアランポーン駅を初めて訪れたとき、不思議な既視感を覚えた。
高く湾曲したガラス屋根、左右対称に広がる大空間、中央に掲げられた大時計。東南アジアの鉄道駅でありながら、その雰囲気はどこかヨーロッパのターミナル駅を思わせる。後にドイツを訪れ、フランクフルト中央駅を歩いたとき、その理由がわかった。両駅は驚くほどよく似ていたのである。
フアランポーン駅は1916年に開業したタイ最古の国鉄の中央駅である。イタリア人建築家マリオ・タマーニョによって設計され、ドイツのフランクフルト中央駅から着想を得たと言われている。
特にタイ国内では、ラーマ5世(チュラロンコン大王)が1907年にドイツを訪問した際、フランクフルト中央駅に感銘を受け、それを参考に建設を命じたという逸話が広く知られているようだ。


植民地にならなかった国の近代化
興味深いのは、タイが東南アジアで唯一、本格的な植民地支配を受けなかった国であるという点だ。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、周辺国の多くはイギリスやフランスの植民地となった。一方でシャム(現在のタイ)は、西洋列強の圧力を受けながらも独立を維持する道を選んだ。
その象徴の一つが鉄道である。
ラーマ5世は近代国家建設を推進し、西洋の技術や制度を積極的に導入した。鉄道網の整備もその一環であり、ヨーロッパの建築様式を取り入れた壮大な駅舎は、「近代国家・タイ」を国内外に示す象徴でもあった。
つまりフアランポーン駅は、植民地支配の結果として生まれた建築ではなく、タイが自らの意志で近代化を選択した、その産物なのである。


二つの駅を撮り比べて見えたもの
実際にフアランポーン駅とフランクフルト中央駅を撮り比べてみると、建築の共通点は多い。
どちらも巨大なアーチ状の屋根によってホーム全体を覆い、自然光を取り込む構造になっている。中央に設置された時計は旅人たちの待ち合わせ場所となり、広いコンコースには多くの人々が行き交う。
しかし、その空気感は大きく異なっていた。
フランクフルト中央駅がヨーロッパ有数の国際交通拠点として機能しているのに対し、フアランポーン駅にはどこか穏やかな時間が流れている。僧侶や地方からの旅行者が行き交い、駅そのものが人々の生活の一部になっているように感じられた。
似通った建築のDNAを持ちながらも、それぞれの国の文化や歴史によって異なる表情を見せているのである。


建築が語る近代化の記憶
現在、タイの長距離列車の多くは新たに建設されたクルンテープ・アピワット中央駅へ移り、フアランポーン駅はその役割を徐々に変えつつある。だが、この駅には単なる交通施設以上の価値がある。
フアランポーン駅は、タイが西洋を模倣した場所ではなく、西洋から学びながら独自の近代国家を築こうとした時代の記憶そのものなのだ。
ドイツのフランクフルト中央駅と、タイのフアランポーン駅。
二つの駅を撮り比べることで見えてきたのは、建築の類似性だけではない。そこには、国の未来を見据えながら近代化を進めた人々の思いが、100年以上の時を超えて刻まれていた。




※写真は全て筆者が撮影(タイ2025.10.05、ドイツ2026.05.21)

