茶杓は自分の分身?!世界にひとつだけのマイ茶杓を作る【福岡県宗像市】

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茶道具を見ることが好きな筆者が、初めて自分の手で茶杓(しゃく)を削りました。

宗像市の「図苔庵」(ずこけあん)で参加した茶杓作りのワークショップ。竹を削る時間は、道具を作るだけではなく、自分自身と向き合う時間でもありました。

茶杓ワークショップを発見

きっかけは、Instagramに流れてきた一つの投稿でした。

「茶杓を作るワークショップ」

その文字を見た瞬間、「どこどこ? どこでやるの? 何がなんでも参加したい!」と前のめりで、全文をくまなく読みました。

20代のころ、漫画『へうげもの』に影響を受け、裏千家茶道教室に通っていた時期があります。その影響からか、掛け軸や焼き物、茶道具を見ることが好きでした。

陶器市へ出かけると、気がつけば半日ほどいい器がないか、歩き回ることも度々ありました。

自分の感覚で「これはいい」と思うものを探す時間が楽しく、大皿を購入した際には、店員さんから「お兄さん、料亭の方ですか?」と間違えられたこともあります。

そんな私にとって、「茶道具を自分で作る」という体験は、とても魅力的でした。

今回訪れた場所は、宗像市にある「図苔庵」です。当日伺うと、机の上にはすでに削る前の茶杓の材料と、完成した茶杓を納める共筒(ともづつ)が用意されていました。

まずは座学から始まりました。

茶杓の歴史、各部分の名称や見どころ、どのように削っていくのかを丁寧に教わります。この座学は目からうろこで、普段何気なく見ていた茶杓が、「いかにこの茶杓がすごいのか」と見るべきポイントが分かるようになりました。

そこで印象に残った言葉があります。

「茶杓は茶人自らが削っていた」

その言葉を聞いた瞬間、ただの道具ではなく、作り手の思いや個性が宿るものなのだと感じました。「茶杓は分身みたいなものなのか。早く削りたい」と完成が待ち遠しくなりました。

いざ削り出し

いよいよ茶杓の元になる竹を選びます。ここが最初の悩みどころでした。

真っすぐな形を選ぶのか。それとも少し曲がりのある「蟻腰」(ありごし)と呼ばれる形を選ぶのか。竹の色も違います。淡い色のもの、濃い色のもの。形が整ったもの、少し癖のあるもの。

一本一本を手に取りながら、「自分はどんな茶杓にしたいのか」を考える時間が、とても楽しく感じました。

材料を決めたら小刀を手に取ります。小刀を使うのは何十年ぶりかだったので、最初は少し緊張しました。一度削ってしまえば、もう元に戻すことはできません。

「ここを削りすぎたらどうなるんだろう」

そんな不安を感じながら、少しずつ竹に刃を入れていきました。

何度か削るうちに少しずつ感覚がつかめてきます。

最初は慎重だった手も、次第に「ここは思い切って削ってみよう」と大胆になっていきました。

削った竹の表面をやすりで整える工程にも感動しました。

使ったのはサンドペーパーだけではありません。「トクサ」という植物も使いました。庭に生えているものを数本手にしてこられたのは驚きでした。

とても色鮮やかな緑色をしており、なんだか使うのがもったいなくも感じました。

昔の人は、身近にあるものを工夫して道具作りに生かしていた。

その姿は、千利休が大切にした「あるものを生かす」という考え方にもつながっているように感じました。

削ることに集中していると、つい時間が過ぎるのを忘れてしまいます。

削ってはサンドペーパーをかけ、実際にお茶の席で使うときに帛紗(ふくさ)が引っかからないか、何度も試しながら完成に向けて試行錯誤しました。

棗(なつめ)の上に置いて、どのように見えるのか、実際お茶をたてるときさながらに、完成させていきます。

竹の香り、削る音、手に伝わる感触。没頭することの楽しさ。普段の生活ではなかなか味わえない感覚でした。

完成した茶杓の銘は「一本槍」

最後の仕上げは、完成した茶杓に「銘」をつけることでした。

茶杓には名前をつける文化があります。

千利休が豊臣秀吉から切腹を命じられた際、自ら削ったとされる茶杓に「泪(なみだ)」という銘があります。

その後、弟子の古田織部が共筒に長方形の切り込みを入れ、中の茶杓が見えるようにした形が特徴だと教えていただきました。

その話を聞きながら、自分の茶杓にどんな名前をつけるか考えます。

茶杓を削っているときも考えていましたが、なかなか浮かんできません。でも完成して正面にすえたとき、最初に浮かんだ言葉は「槍」。

削った茶杓の先端が少しとがって見えたこと、そして今回が初めて作った一本だったことから、「一本槍」という銘に決めました。

筆を使って共筒に名前を書く作業も、久しぶりです。硯(すずり)に墨をすり、筆を持つ。こちらも数十年ぶりの感覚で、緊張しながら書きました。

自分で作ったものに自分の手で名前を入れると、不思議と誇らしい気持ちになります。

そして、完成した茶杓を手にしたときには、大きな達成感がありました。

同時に、「もっと上手に削れるようになりたい」という悔しさも生まれました。次は竹を切り出すところから、自分で作ってみたい。そんな気持ちまで芽生えました。それ以来、街中を歩いていると竹が目に入るようになりました。

「あの竹、一本分けてもらえないかな」

以前なら気にも留めなかった景色の中に、新しい発見があります。一本の竹から、自分だけの道具を生み出す。茶杓作りを通して、昔の茶人が大切にしてきた「ものと向き合う時間」の意味を少しだけ感じることができました。

いつの日か自分で選んだ竹から、もう一本の茶杓を作る日が、今から楽しみでたまりません。

※写真は全て2026年5月17日筆者撮影

情報

図苔庵茶道教室 
福岡県宗像市自由ヶ丘
Instagram:https://www.instagram.com/zukoke_an

久田一彰

久田一彰

福岡県福岡市出身。
取材を通じて、そこにあるヒト・モノの魅力・ストーリーをお伝えします。

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