何気なく日課である欧州のニュースサイトのネットサーフィンをしていて目に留まったのは、スイス連邦道路局(以下、ASTRA)が開発した移動式仮設橋「ASTRA Bridge(アストラ・ブリッジ)」が注目を集めているというニュースでした。この橋は、高速道路の維持管理工事を実施しながらも交通を継続できるよう設計された革新的なインフラ設備です。

このニュースを読んで、筆者と同じくらいの年齢層で当時の大阪都市圏在住者であれば、ASTRA Bridgeと基本的には同じ発想で運用されていた阪神高速ミニウェイという移動式仮設橋のことを思いだす人は多いと思います。
ASTRA Bridgeの本格的な運用開始は2022年、対する阪神高速ミニウェイは1989年。
遠く離れたスイスの地に、しかも30年以上の時を隔てて登場した、基本的な開発目的は同じ移動式仮設橋。
双方の存在は偶然であったとしても、それぞれのことをもっと詳しく知りたくなり、ASTRAおよび阪神高速道路株式会社に問い合わせてみました。

目次
交通を止めずに工事ができる「ASTRA Bridge」
先進諸国では、近年、高速道路の交通量増加により、車線閉鎖を伴う工事を日中に実施することが難しくなってきています。また、夜間工事に充てられる時間も労働条件改善などから短縮傾向にあり、効率的な道路補修手法の確立が課題となっています。
こうした状況を受け、ASTRAは「ASTRA Bridge」の開発に踏み切りました。

橋の全長は約257メートル。工事区間の上に設置され、橋上では2車線で車両の通行が可能となる一方、橋の下では約100メートルにわたって舗装撤去や再舗装などの工事を行うことができます。工事完了後は橋を遠隔操作で移動させ、そのつど次の施工区間へ進める仕組みです。
橋はアクセススロープ、18基の動力装置、19基の中間モジュール、出口スロープで構成されます。イタリアの企業Cometto(コメット)は制御コントローラー22基をはじめ、各種台車、制御設備、GPSナビゲーションシステムなどを供給しています。

ASTRA Bridgeは、2022年と2024年に高速道路A1号線のレヒャースヴィル~ルターバッハ間で行われた路面改修工事の先行試験として運用され、渋滞を抑制しながら道路補修を実施する新たな工法として大きな成果を収めました。
ASTRAへの取材では、開発陣の中に阪神高速ミニウェイの存在を知っていた人もいたといいます。
日本発の発明品!阪神高速道路の装置「ミニウェイ」
高速道路の工事といえば、車線規制による渋滞がつきものです。
ところが大阪市を中心に運用されている都市高速道路である阪神高速道路には、すでに1989年の段階で「工事現場の上をクルマが走る」という驚くべき発想で移動式仮設橋が登場していました。
その名は「阪神高速ミニウェイ」!
「阪神高速ミニウェイ~♬」という耳に残るCMソングが関西の民放ラジオで流れていたのを本当に懐かしく思い出しました!

1989年から1999年まで運用された移動式の仮設橋、正式名称は『立体道路式路面補修車』です。
道路の補修や点検を行う際、作業場所の上に仮設の橋を設置し、一般車両をその上に通すことで、工事中でも交通を流し続ける世界初のシステムでした。
この世界初の試みということについては、問い合わせた際の担当者で阪神高速道路株式会社 CS推進・広報部 広報課の水野慎児(みずの・しんじ)さんも明言されていたので間違いございません。
それにしてもなんと独創的かつ革命的な発明でしょうか!
日本発のこういった発明品は世界的にも多い気がします。また、即席麺や自動改札機など、関西発祥のものも少なくありません。
実際、大阪は明治期に紡績業を中心とした繊維産業の発展で「東洋のマンチェスター」と呼ばれ、1920年代の「大大阪」時代には人口や工業出荷額で東京市をしのぐ日本一の都市でもありました。
大阪人は、東京生まれの筆者から見るといろいろな点で発想の奇抜さに仰天させられることが多いですが、その柔軟な発想力は世界に冠たるものがあると実感します。

工事現場の上をクルマが走る「動く仮設橋」
ミニウェイは、「動く仮設橋」でした。トレーラーで現場まで運び、複数のモジュールを連結して道路上に設置します。上部はクルマが走る仮設車線となり、その下にできたトンネル状の空間で、作業員が路面補修や点検を行います。
全長は約88メートルです。7つのブロックをつなぎ合わせる構造で、阪神高速に多い急なカーブ区間にも対応できるよう設計されていました。
幅は約3.1メートルで、通行できるのは主に普通乗用車や軽自動車などです。重量は3トンまで。速度は時速40キロ以下に制限されていました。
大型トラックやバスは通行できませんでしたが、普通車をミニウェイ側へ誘導することで、通常車線を大型車が通行しやすくなり、工事による渋滞を抑える狙いがありました。
交通量を通常の7〜8割まで維持
当時、通常の1車線規制では交通量が平常時の4割程度にまで落ち込むこともあったとされます。一方、ミニウェイを使った場合は、通常の7〜8割程度の交通量を維持できたといいます。
設置にかかる時間はおよそ30〜40分、撤去も同程度の所要時間で、事前の車線規制を含めても比較的短時間で現場に投入できる仕組みでした。
実際の工事では、土曜の夜に設置し、日曜の日中に橋の下で補修作業を行い、日曜夜に撤去して月曜朝までに規制を解除する、というサイクルで運用されていました。
運用期間は1989年から1999年までの約10年間です。この間、ミニウェイを使った工事は合計125回実施されました。
なぜ10年で姿を消したのでしょう?
画期的な装置だった一方で、ミニウェイには課題も多くありました。
まず、設置や撤去そのものに大がかりな交通規制が必要でした。さらに、装置が大型で、カーブの多い都市高速では現場ごとの調整に手間がかかりました。通行できる車両も3トン以下に限られ、大型車の多い路線では効果が限定的でした。
加えて、開発費は10億円規模とされ、運搬・組立・維持管理にもコストがかかりました。道路の接合部の耐久性向上などにより、ミニウェイを必要とする補修工事そのものが減ったこともあり、1999年を最後に運用は終了しました。
30年以上を経てスイスで登場した「ASTRA Bridge」
阪神高速ミニウェイは阪神高速以外の路線では本格運用されることはありませんでした。
都市型高架道路である阪神高速道路に特有の、タイトなカーブが多く逃げ道の少ない道路環境に合わせて作られたため、他路線への展開は難しかったといいます。
それから30年以上を経た2022年、スイスでは高速道路の舗装工事向けに「ASTRA Bridge」が運用されました。
この装置も、橋の上を一般車両が走り、その下で道路工事を行うという仕組みを採用しています。
全長は約257メートルで、阪神高速ミニウェイの約3倍の長さです。制限速度は時速60キロ以下で、大型トラックやバスも通行できます。

工事が進むと、橋全体をわずかに持ち上げ、次の作業区間へ移動します。そのため運用効率は大きく向上しています。
スイスでは、主要高速道路A1号線の工事でASTRA Bridgeが使われ、134日間で約450万台の車両が通過したとされ、うち約50万台は大型トラックだったといいます。

渋滞対策から、働く人の安全対策へ
ASTRA Bridgeの特徴は、渋滞を減らすだけではありません。橋の下に作業空間を確保することで、作業員は車両がすぐ横を走る従来の現場から切り離されます。日中工事もしやすくなり、夜間作業の負担軽減や、周辺住民への騒音対策にもつながります。
阪神高速ミニウェイは、コストや車両制限などの課題から10年で姿を消しました。
一方、30年以上を経たスイスでは、「工事現場の上に車を走らせる」という同じ発想を、より大規模なASTRA Bridgeが実現しています。
1980年代の大阪と現在のスイス。時代も場所も異なる二つの移動式仮設橋を比べてみると、高速道路の交通を止めずに工事を行うという課題に、それぞれの時代の技術で向き合ってきたことが見えてきます。
写真提供:
ASTRA(スイス連邦道路局)
阪神高速道路株式会社
取材協力:
ASTRA(スイス連邦道路局) 情報・広報部門副部長 トーマス・ローアバッハ(Thomas Rohrbach)さん
阪神高速道路株式会社 CS推進・広報部 広報課 水野慎児さん





