今回の舞台は東京から約250キロ北にある福島県南相馬市。東北は寒さが厳しい、と思われる方もいるかもしれないが、太平洋に面した南相馬市は冬でも雪が少なく、一年を通して温暖な気候で過ごしやすい地域だ。また、国指定重要無形民俗文化財「相馬野馬追」を通して馬が身近にいる町とも知られ、「住みたい田舎ベストランキング」*の「子育て世代部門」で福島県内第1位に選ばれた街でもある。
その南相馬市で今月初め、観光とはひと味違う“南相馬市のカフェの魅力に触れるツアー”が開催されたので、その様子をレポートする。
目次
“南相馬市のカフェの魅力に触れるツアー”【1日目】
ツアーの始まりは市の中心部にあるJR常磐線原ノ町駅。県内だけでなく首都圏や仙台など、各地から着いた参加者たちがバスに乗り込んでいく。参加者は約10名。東日本大震災をきっかけに転居した元市民、馬が大好きな方、学校でこどもたちに勉強を教えている先生、カフェが好きな方、南相馬という街を知りたい会社員…などなど、参加者のバックグラウンドも様々だ。
自己紹介とランチの後に最初に向かったのは、カフェ「アオスバシ」。原ノ町駅から電車で10分ほど上りにあるJR小高駅から徒歩約4分という近さだ。
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~来訪者と地域の人の、新しい出会いの場「アオスバシ」~
このカフェを運営するのはITエンジニアの森山貴士(もりやま・たかし)さん。小高の魅力を発信するために地域の人たちのニーズをくみ取り、本業とカフェ事業を両立させながらさまざまな地域活動を展開している移住者だ。前身となる飲食店「Odaka Micro Stand Bar」を経て昨年2023年7月、駅近くにカフェを軸にパン屋とコワーキングスペースを併設する複合施設「アオスバシ」をオープンした。
まずビックリするのが店の外観だ。一般的なジャズが流れてくるようなおしゃれなイメージとは程遠い。聞くところによると、もともとここには「青葉寿司」というお寿司屋さんがあったのだという。震災前は地元の消防団の集まりや家族連れなど多くの人達に愛された店だったが、震災をきっかけに閉店後長く空き店舗になってしまっていた。しかし、その後リニューアル。かつての営みに尊敬の念を込め店名を「バ」と「ス」の1文字だけを入れ替えただけの「アオスバシ」にし、当時の看板はあえてそのままにしたのだそう。
地方滞在の際、来訪者同士で関わる機会はあっても、元から生活している地域の方たちとの交流が薄いことに違和感を覚えていたという森山さん。地域の人たちが日常的に買い物に来るカフェスペースと、移住者や滞在者が利用するコワーキングを一つの建物に集約することで、新たな化学変化が生まれてほしいという願いが設計に込められている。
ピンチはチャンス「一度リセットした地域から人が集まる仕組みづくり」
「アオスバシ」がある小高区は東日本大震災直後に避難指示区域に指定され、一度は人口がゼロになった地域。2016年に避難指示は解除されたものの依然として駅前を歩く人影はまばらだ。全国的な人口減少と少子高齢化が追い討ちをかける中、森山さんは試行錯誤を重ねながら、一度リセットした地域から人が集まる仕組みづくりを模索する。
1階には、地域の人たちが日常的に買いに来たくなるようなパンや食品雑貨が集まっている。普段あまり出会うことのない、地域の人と来訪者をつなぐ場所でありたいという思いが込められている。
施設の紹介はもちろん、森山さんに淹れていただいたコーヒーの飲み比べとおいしい淹れ方について、実演を交えながらご紹介いただいた。森山さんのコーヒーには小高で歩んできた問いに対する多くのヒントが隠れているかもしれない。
コーヒーに癒された私たちは、階段を下りて次の目的地へと向かった。
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~日本初!無人駅舎を活用した醸造所とは?~
森山さんの案内で次に向かったのはJR小高駅にプレオープンした『haccoba小高駅舎醸造所&PUBLIC MARKET』。ここは同区内にある酒蔵が準備を進めていた施設で、醸造所のほか、物販エリアや交流エリアも併設している。駅舎を使ったこのような取り組みは日本初だが、小高駅をヒト・コト・モノが集う地域のコミュニティー拠点として新たな地域の魅力を発信していくという。
店内にはオリジナルのアルコール飲料だけでなく地域のおみやげやデザイナーとのコラボ商品が並ぶ中、なんと「冷凍クレープ」売り場も。駅を利用する高校生から、学校給食で慣れ親しんだ味を食べたいというリクエストに応えたという。
醸造所の年間製造予定量は約1200リットルと小規模だが、夢は大きい。小高がよりすてきに感じられるスポットのひとつになることは間違いないだろう。
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~無類の時計好きが自分で時計を作って自分で時計を売る~
森山さんの案内で向かった3か所目は腕時計を中心としたギフトショップ『KIRA』。こんな人通りの少ないところにお店があるのか、と思うが、一歩店に足を踏み入れるとその戸惑いはなくなる。時計職人の平岡さんが手がけた腕時計3種類に加え、大堀相馬焼や会津漆器などの伝統工芸品のほか、ドライフルーツやもちなどの食品も並ぶ。
オーナーの平岡さんも「アオスバシ」の森山さんと同様に県外からの移住者のひとり。これまでは製作した時計をインターネットで販売していたが「商品を見たい」との要望も多かったことから、今回の実店舗オープンにつながったのだとか。今後はさらにいろいろな仕組みを展開していくことを考えている。
小高駅付近には昨年から新たな店舗が増え、にぎわいが生まれつつある。平岡さんは「駅からも近い場所。人の流れを生み出し、小高をいい方向に進めたい」と意気込む。
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地域のスポットはもちろん、地域の人や想いを沢山知ったツアー初日
「KIRA」を出た後は、引き続き森山さんの案内でJR小高駅前のまちなか散策。地域の方が丹精込めて育ててくれた花を眺めながら、新旧いろんな施設を見学。それぞれの形で地域を楽しくしようとしている方たちと過ごす有意義な時間となった。参加者からは様々な人がいろいろな企画をし、取り組んでいることがまちの元気につながっていることに刺激を受けたという声も聞かれた。
小高地区をたっぷりと見学したあとは、原町地区にある宿泊先のホテルへ。地域のスポットはもちろん、地域の人や思いを沢山知った初日の行程が終了した。自由行動となった私はまだまだ南相馬を堪能すべく、一人まちなかへ 。沈む夕日を眺めながら初日を終えた。
“南相馬市のカフェの魅力に触れるツアー”【2日目】
2日目の天気予報は晴れ。私は太平洋から上る朝日を見るために早起きをして、JR原ノ町駅から車で10分ほどの北泉海岸へ。サーフィンのメッカとしても知られる海岸とあってか、早朝から多くのサーファーの姿があった。
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さて2日目最初の訪問先は常磐自動車道のサービスエリアに併設されている「セデッテかしま」。「せでって」はこの地域の言葉で「連れていって」を意味する。おりしもこの日は来館者1000万人を記念する日とあって、施設内でも着々とお祝いのくすだまの準備が進められていた。
自分達が好きなことをして、それが結果としてまちが元気になることにもつながれば嬉しい
次に向かったのは今回のツアーで最後の訪問地となるカフェ「cokuriya(コクリヤ)」。4月のオープンに向けて準備で大忙しのところ、このツアーのために松野さんご夫婦が出迎えてくれた。
コクリヤでは、松野さんのカフェ起業への想いなどを教えていただき、ランチのご提供とクッキー缶づくりの体験をさせていただいた。
松野さんからは、良いこともあるけどもちろん大変なこともあるといった移住のリアルや、自分達が好きなことをして、それが結果としてまちが元気になることにもつながれば嬉しいといった思いを伺った。
その後は、見た目はもちろん味も絶品なワンプレートランチをいただき、松野さんに教わりながらクッキー作りを行った。南相馬ならではの馬の形の型もご準備いただき、思い思いの形を作った。
今回のツアーは、ここで終了だ。クッキーの焼き上がりを待つ間に今回のツアーの振り返り。参加者からは、南相馬を大人になって見つめ直したらとても素敵な場所だった、求められるものと自分がやりたいことを実際に実行している姿を見られたことが印象的だった、といった声があり、今回のツアーを通して参加者それぞれに様々な発見をしたようだ。
さて、いよいよクッキーが焼き上がり、自分たちで作ったクッキーと松野さんが作ってくださったクッキーで『クッキー缶』づくり。オリジナルのクッキー缶を作り、楽しそうなみなさんの笑顔が印象的だ。
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「ガイドブックには載っていない体験ができた!また南相馬に行きたい」
参加者のみなさんに「また訪問したい」といった意見も上がった「カフェ」をテーマに過ごした2日間の南相馬体験ツアー。移住者の方々が地域と作り上げる仕組みづくりやあたたかさなど、一歩踏み込んだ地域の魅力をさまざまな角度から感じられた。
実際に移住した方の感想を聞いて、南相馬は若い人が元気な街だ、という印象を受けた。また、小高・原町・鹿島の各旧行政区をまんべんなく周ることができた上、街なかや駅前も歩く時間があったのはとても嬉しかった上、ガイドブックには載っていない体験ができ、また南相馬に行きたいという動機付けにもつながった。南相馬というとどうしても馬や震災のイメージが強いが、今回はそれ以外の関連の場所に行ったり地域の方の話を聞くことができたりしたことは、観光面だけでなく将来的な地域振興の面からも大変良い企画だと感じた。
みなさんもぜひ、観光やレジャーだけではない南相馬の魅力を肌で感じてみてはいかがだろうか。
*宝島社「田舎暮らしの本」2023年2月号