「社会で役に立たなければ、生きている価値がない」
ぼくたちはいつの間にか、そんな見えない呪縛に縛られていないだろうか。
進行性の緑内障で視覚障害2級を持ち、自ら受け取る障がい者年金を「存在給」と呼ぶ。「暇だから駅前に座って、声をかけてくれるのを待っている」と笑い飛ばす。
「世界一運がいい男」と言い切って、社会の常識を根底からひっくり返す、とんでもないプロジェクトで東京へ向かおうとしている1人の男がいる。
それは、佐賀県で「みえるか企画」代表を務め、人の本心を引き出して文章に落とし込む「物書き屋」として活動する細川亮(ほそかわ りょう)さん。

目次
「役に立たない自分」への激怒とバグで手にした「存在給」
今でこそ飄々(ひょうひょう)と人々の本音を引き出し、すがすがしいほどに己の欲望を全公開している彼だが、失明宣告を受けた当初からこんな境地にいたわけではない。むしろ、かつては誰よりもドロドロとした葛藤のど真ん中であがいていた。
「前提として、めちゃくちゃ自己否定がありました。『役に立たないやつはこの世にいる価値はない』『社会的貢献ができていないやつは生きる価値がない』という思いが大いにあったんです」 と振り返る。
勉強は常に平均より上を目指し、それより下にいる人たちを見下していたことがあったと振り返る細川さん。
しかし、視力を失っていく中で、見下していた自分自身に気づくことに吐き気がした。落ちぶれていく自分に激怒し、激しい鬱(うつ)状態に陥った。
そのプロセスの根っこにあったのは、「役に立たなければ、愛されなければ生きられない」というズレた欲望だった。
転機が訪れたのは2025年の12月16日。表現者である坂爪圭吾さんに直接会った時、ぶった斬られて「完敗した」と悟り、「生まれ直したな」と感じたという。自分が必死に握りしめていたコミュニティも仕事もすべて手放し、「何でもない人」になった。
すべてを削ぎ落とした彼は、自身の境地をこう語る。
「僕は運が良くて、イレギュラーな形で障がい者年金という『存在給』を得られました。言わば人生のバグのようなものですが、人生って何が起こるか分からないからこそ面白い。本当はみんな、すべてが思い通りに進むことなんて望んでいないんじゃないでしょうか 」
思い通りにならない人生のバグすらも面白がり、ただ駅前に座ってみることで「やっぱり人と話したいんだな」と彼は純粋な自分の本心に気づいたのだ。
見えない方が楽。仮面を見破り、勘違いを斬る

視覚障害がある状態で、一人で駅前に座り続けるのは怖くないのか。そう問うと、彼は平然と答えた。
「見えない方が楽ですよ。怒っている人の声を聞いて『嫌だな』と思っても、顔が見えないからそこまで引きずられないですしね。見えていても表情から読み取れていないなら、見えている方が危険だなと思います。勘違いが多いですからね」
視界を失った彼は、相手の取り繕った表情にだまされず、声のトーンや空気感だけで本音を見抜く。
「社会的仮面が分厚すぎて、中の人を見せないようにしているのが分かると怪しいんですよね。一番厄介なのは、雰囲気の良さそうな感情を作っている人。人工甘味料や着色料で作った『りんご味(かっこ人工)』みたいな感情が、一番気持ち悪い」 と、バッサリぶった斬る。
そんな彼の元には人生に迷う人々が次々と訪れるが、彼は決して「解決」を約束しない。
「僕はその瞬間に集中しているので、カウンセラーでもコーチでもなくて『この変化をお約束します』なんて一切しないですから。2人で思いがけない世界を共にその瞬間見に行くために一緒にいると思っているから、約束なんかしたら面白くなくなりますよね。だからゴールも何でもオッケーで、響き合いや熱が生まれるところがすごく大事だと思っています。相手の心をいかに揺さぶったり勘違いを切るかというところはめちゃくちゃ意識しているので、そういう話ができた時は熱かったなと思いますね」と、理由を語る。
先日も、成人した子供への罪悪感に縛られている40代の女性に対し、「母親というのは産んだだけでも完了。子どもは子どもだし、あなたはあなたの人生なんですよね」と容赦なく勘違いをぶった斬った。彼女は白昼のカフェでさめざめと泣き、スッキリと顔を上げて帰っていったという。
「本質的に、相手が『自分の言葉にしがたい言葉』を僕が聞いた上で『こういうことなんじゃないですかね』と返すのがデフォルトなので、それがすっきり感につながっているのかなと」何が起きているのかの仮説を冷静に分析する一面も持っている。
満席になった「リターンは俺」の「身ひとつ上京プロジェクト」
今年の1月から、評価を気にせず、誤字脱字すら残したまま自身の生々しい本心だけを発信し続けた彼の蓄積が、今、とんでもないムーブメントを生み出している。
「ほぼ全盲の僕を、東京で面白がって食わせて泊めてくれる人を募集します」
視覚障害を持つ人間が単身で上京し、見ず知らずの他人に寝食を委ねる。普通なら「助けてもらう弱者」として恐縮しそうなものだ。しかし、彼は哀れみや同情で泊めてくれる「いい人」など一切求めていない。
「ぼくが会うのは、『細川亮に会いたい!』という女性、宿やご飯を提供したいという人、人が集まる場をつくってくれる人、以上!」
「リターンは『俺』ですからね」と彼は笑う。
気遣いで先回りして宿を用意するのではなく、本心で会いに来いと突きつける。この同情の入る余地のない「やりたいことに全開」な姿に、人は強く惹きつけられるのだ。
当初は無謀とも思えた上京プロジェクトは、蓋を開けてみれば有志が立ち上げてくれたオープンチャットの参加が40名を超え、1対1のスケジュールは満席。わずか1週間足らずで、ご飯も宿泊先も、熱狂して手を挙げた人たちであっという間に埋まった。
「まさかご飯を奢(おご)ってくれたり泊めてくれる人が出てくるなんて思わなかったですけれどね」
そう彼は笑うが、弱者と強者の構図が完全にひっくり返ったこの結果こそが、彼の生きざまの圧倒的な引力を証明している。
何が彼を突き動かすのかを聞いてみると、
「ぼくは『いい人』に会いたくて行くんじゃなくて、『いい女』と会いたいんですよね。いい人といい女は違いますから。
『いい女』というのは自分の幸せに気づいていて、どうやったら幸せになれるかを選び取ろうとしている。あとは感情をまっすぐに表現するのが『いい女』です。
不二子ちゃんみたいにルパンを振り回すのはめちゃくちゃ『いい女』ですよね。男は振り回されてナンボだと思うんですよね」 という、非常に明快な答えが返ってきた。
すぐに妥協するな!小さなことを、なめんなよ
「温かいお茶が飲みたいと思ったら、面倒くさがらずにガスコンロに火をつけること」
ぼくたちが本当にやりたいことに向かって一歩を踏み出すためのアクションを問うた時、彼から返ってきたのは拍子抜けするほどシンプルな言葉だった。
ぼくたちは、自分が本当に欲しいものを、実は自分自身が一番わかっていない。本当は温かいお茶でほっとする時間が欲しかったのに、「お湯を沸かすのが面倒だから」と冷たい水で妥協する。そうやって日常の小さな妥協を繰り返すうちに、水でごまかすことすら当たり前になり、自分の魂が震えるような欲求を見失っていくのだ。
「部屋を毎日拭き掃除する。自分がお茶を飲みたい時にコンロに火をつける。小さなことをなめんなよ」と彼は言う。
2026年10月10日から13日にかけて、身ひとつで東京へ乗り込む彼に会ってみたいと心を動かされた人へ、彼自身が放った「警告」を記して締めくくろう。
「普段から発信しているので。ただ、僕の文章をよく読んでみてからにしてほしいなと思いますね。1本だけ記事を読んで僕と会おうとするのはマジで危険だと思います。やめた方がいい。
ぼくは多面型でリズムがあるから、障がいのことも書くし、男女のことや生き方のことも書くので、1本だけで僕を判断するのは非常に危険だということは知っておいてほしいです。いい男でありたいとは思っていますけれど、いい人であろうとは全く思っていないので」
このすがすがしいほど自分の欲求に真っ直ぐな生き様を突きつけられた今、ぼくたちはもう、「いい人」の仮面をかぶって、自分をごまかしている場合ではないのだ。
細川亮さんが気になった、連絡をとりたいという方は、まずFacebookの発信を読んでみてください。
https://www.facebook.com/sekaiichiungaii





