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「来て!絵里ちゃん、来てここに座って真上見て!ほら、桜が降ってくる!」
私は夢中で親友の名を呼んだ。
黒く汚れた雪がまだちらほらと残る、秋田県北秋田市は阿仁河川敷の5月の桜のカーテンに囲まれ、私たちはようやく間に合った遅い春の真ん中に、放心してしゃがみこんだ。
「休みが終われば、またパソコンの前に戻るのが嘘みたいだね」
絵里ちゃんが、ポツリとつぶやく。
「ほんとだね」と私。
桃色の向こうの、薄水色の空を見る。ふと、小高い丘の上から、一両列車がゆっくりと阿仁合駅舎に入っていくのが見えた。
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北秋田市をゆっくり見て回るのは初めてだという彼女を連れて行きたかったのは、観光サイトには出てこないけれど、切り取って、そのまま飾っておきたくなるような風景の中。
阿仁を出て車で30分、合川方面へ。大野台駅着。ここにも桜が輝いている。「うわぁ、うわぁ!」と、田舎の無人駅が珍しい親友は、思った通りのリアクションをするから好きだ。春夏秋冬、古い映画のような横顔を見せる風情。陽の傾きに揺れる花や木々のざわめきは、インターネットでは決して分からない。
この道は、どこに繋がっているんだろう。
あの杉の木の群れは、どこまで続いているんだろう。
見たこともない高さの大木が、初めて来たあの日のように、
ゆらり、ゆらりと今日も空と歌っていた。
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田舎によくある風景だ。珍しくもない、ただの畑だ。
なのになぜ、いつまでも座っていたいのだろう。
いつまでも眺めていたいのだろう。
親友を、連れてきたいのだろう。
なぜ涙が出るのだろう。
なぜ、ここで出会った人たちの、笑顔しか思い出せないのだろう。
ここで生まれたわけでもないのに。
何もないように見えて、渇くほど欲しかったものが、全てある気がする、ふるさと。
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住んだことがなくても、心が呼ばれる場所が、誰の中にもきっとある。
何に揺さぶられることもない、母のようなあぜ道と、遠く高い杉の木立に、もう少しだけ遊ぼう。パソコンの前に帰るまで。
薄水色の空から、降って落ちてくるようなふるさとの桜に、何もかも見透かされて。
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