戊辰の戦禍から蘇った奇跡の枝垂桜

秋田県大仙市協和境にある萬松寺(ばんしょうじ)の境内。そこに県内有数の大きな枝垂桜(しだれざくら)がある。

(写真)萬松寺の枝垂桜=2021年4月18日午後2時、筆者撮影

慶応4年(1868年)9月、各地で勃発していた戊辰戦争の戦火がこの地域一帯にもおよび、萬松寺の本堂や庫裡(くり)とともに、もともとあった枝垂桜も焼失してしまった。その後、焼けた株元に3本の萌木が出てきて、それを1本に束ねて生育させたと言われているのが、この枝垂桜だ。3本立ちの根周りは約5m、高さ約20mにも及ぶ巨桜で、市の天然記念物に指定されている。

(写真)戊辰戦争について解説する看板
(写真)根周りが5mにもなる3本立ちの根元

桜に対する思いや管理の苦労について、萬松寺の住職、照井弘道さん(59)に電話取材で聞いた。

「とにかく大きな桜なので落ち葉の片付けにかなりの時間を要する。季節がうつろい、落ち葉の片付けがようやく終わったと思うと、今度は雪が降ってくる」

何代にもわたって敷地内を美しく整備するのには並々ならぬ苦労がある。寺の檀家の集まり「桜援護会」が、桜の枝に支柱を立てたり手入れをしたりして管理しているという。

数年前、地元テレビ局の取材でドローンによる空撮が行われた際に上空から見た桜の美しさが忘れられないという。「苦労はあるけれど、毎年この美しい花に楽しませてもらっている」と照井さんは話す。

境内には戊辰戦争で亡くなった方を供養する供養塔があり、代々この寺により手厚く供養されている。

(写真)供養塔を包み込むように咲いている枝垂桜のライトアップ=2019年、筆者撮影

萬松寺は正長元年(1428年)、南北朝時代の武将、楠木正成(くすのきまさしげ)の三男、正儀(まさのり)の子どもである越後国村上の耕雲寺4世、瑚海中珊(こかいちゅうさん)大和尚が開山した曹洞宗の寺だ。

筆者は寺の近くで生まれ育ち、小中学生の時も寺の前を通って通学していたが、この地域で戊辰戦争があったことも全く知らず、のほほんと過ごしていた。特に萬松寺は現住職の母親が小学校の恩師だったので、「照井先生のおうち」と思って過ごしてきた。

美しい桜を通して、悠久の歴史を知ることができたことに感謝したい。

例年行っていた夜のライトアップはコロナ禍の影響もあり、昨年から中止しているという。コロナ禍が収束し、桜を心から楽しめる日が早く戻ってきますように。

天野崇子

第1期ハツレポーター / 秋田県大仙市

1968年生まれ。東京の人と東京で結婚したけれど、秋田が恋しくて夫に泣いて頼んで一緒に秋田に戻って祖父祖母の暮らす家に入って27年。これからどんどん地元愛を爆発させてまいります。皆さまよろしくお願いいたします。