ある時はNHKの番組内のコント「宇宙人総理」の手話通訳士
またある時は和歌山県串本町のふるさと大使
しかしてその実体は手話パフォーマンス界のレジェンド
多彩なトリプルフェイスを持つ南 瑠霞(みなみ るるか)さん。手話パフォーマンス文化のパイオニアとして時代を切り拓いてきた彼女が、この度LOCALITY!のロングインタビューに答えてくれた。
本州最南端。和歌山県串本町から全国を飛びまわるアーティストがいる。「手話パフォーマンス」という新しいエンターテイメントを創り上げた南瑠霞さんだ。
東京2020オリンピック・パラリンピックでも手話通訳の現場で活躍中。人気ドラマ「オレンジデイズ」やアニメ「聾の形(こえのかたち)」をはじめ、誰でも一度は耳にしたことがある手話関連の作品にも監修として携わっている。
彼女は聴者(耳が聞こえる人)。ご家族にろう者(耳が聞こえない人)がいる訳ではない。そんな彼女がなぜ手話と出会ったのか。手話の何が彼女をそこまで魅了し続けるのか。手話に関する質問には全て、音声とともに手話もつけて答えてくれる。様々な顔を持ちながら、しかし、その誠実な姿勢こそ彼女の本質なのかも知れない。
目次
串本は日本一手話が楽しめる場所!?
「仕事柄、全国各地に足を運ぶ機会があります。自己紹介で『実家が和歌山県の串本町』と言うと、聴者からは大体『どこ?』って顔をされます。でもろう者からは『串本町知ってる!』『行ったことがある』って反応が多くてビックリするんです」
ろう者にはスキューバダイビングを趣味にしている人が多いそうだ。ならばダイビングのメッカである串本町を知らないはずがない。日ごろから手話で会話するろう者は、水中に潜っても手話で意思疎通ができる。まさに海中旅行を楽しむ達人なのだ。
そんな海の楽しみ方を少しでも広められないかと、今年からダイバー向けのオンライン手話講座を企画した瑠霞さん。ちょうどコロナ禍で新しいニーズを探っていた時期だった。応募者数は予想以上。幅広い世代のダイバーが、水中で使える手話習得に意欲的だった。
「ダイバーの方が実際に手話を使ってみて、一番役に立ったと反響があったのは、どんな手話だったと思いますか?」
自分が水中に潜ったつもりで考えてみる。魚がいた!危ない!息が苦しい?どれもハズレ。
正解は… 「トイレに行きたい!」
なるほど。水中と言えど、スーツの中で用は足せない。ダイバーたちに「トイレ(WC)」の手話は、意外に便利だ。オンライン受講者が実際に水中で楽しんでいる様子が目に浮かぶ。海では、手話による聴者とろう者の交流が盛り上がりつつあるのだ。
空中に描くアートとの出会い
瑠霞さんの親族は、母方の多くがオーストラリア在住日系人。第二次世界大戦中、両親はオーストラリアの日本人抑留キャンプ(日本人などの敵国人を抑留した収容所)で出会って結婚。自身は、日本に帰国後、英語を話す父親の仕事の都合で暮らした広島県で生まれている。その両親の故郷ということもあり、現在実家は串本町。東京での仕事をしながらの二拠点生活である。
串本町は、昔から移民の町だ。両親の影響もあり、異文化に抵抗なく育った瑠霞さん。好奇心は人一倍だった。手話と出会ったのは大学時代だったという。
「手話の映像的魅力に惹かれたんです。当時通っていた芸術大学は、デザインや絵画のコースにろう者が大勢いて、まるで手話の世界に留学したみたいでした。
手話は、頭の中にある思考が、空中に浮かび上がって出てくる。何もない目の前の空間に、例えば、ビルが次々に建てられて、その間を人が行きかう情景が現れ、そのストーリーが映像のように繰り広げられていく。自分が話してきた言語と全然違う!初めて手話を見た時、何て美しい言語なんだろうと感動したんです」
芸術大学に在学中、一番感動したアートが手話だった。この映像は、聞こえる人も共有できる。現に耳の聞こえる自分の心が動かされているではないか。当時は手話が学問になることなど想像できない時代。ろう者の学生に教えを乞い、夢中で手話を吸収した。後に広く世に知られることになる、手話パフォーマー南瑠霞の誕生。それは、ろう者と手話が聴者を大いに励まし夢を与えてくれる証だった。
“手話パフォーマンスきいろぐみ”を旗揚げ
ろう者の観客も多く招かれた舞台で、ロック歌手の歌詞を通訳することになった。大学卒業後、地元の登録通訳者として受けた依頼だった。
「そのライブのリハーサルで歌手の方から、『手話通訳が真横でそんなに目立ってしまったら、僕のコンサートなのに僕がお客さんの目に入らないよね』って言われたんです」
幸いライブはそのまま手話通訳付きで決行されたが、手話通訳で喜ぶ人もいれば、邪魔だと思う人もいることを知った。
しばらくして、民話の講談を通訳することになった。今度は講談師の方と息が合い、ろう者からも聴者からも拍手喝采。手応えを感じた。
「舞台が終わった後、一人のろうのおばあちゃんが訪ねてきて、めちゃくちゃ褒めてくれたんです。自分の手話で人が涙を流してくれるって、ちょっと鼻が高くなりそうでした。ところがこの人が最後にこう言ったんです。『今日はとても感動した。だけど、私が覚えているのは、講談師の顔じゃなくて、通訳のあなたの顔』」
せっかく民話を聞きにきたのだ。本当は講談師の顔を見たかったに違いない。高くなりかけた鼻が折れる音がした。でも、不思議と心は前向きだった。
「だったら、演じる本人が手話をやれば、誰も文句を言わないんじゃないか。みんなが同じ登壇者の顔を覚えられるじゃないか。手話が主役の“手話パフォーマンス”をすべてのお客さんに見てもらえばいいじゃないか」
1989年、手話パフォーマンスきいろぐみを立ち上げる。大学卒業後、一旦はラジオの現場に就職したものの、手話の事ばかり考えている自分に気づかされたからだ。聞こえる人も聞こえない人も、一緒になってステージから手話のエンターテイメントを届けたい。手話を通じて、多くの人に輝くエネルギーと元気を届けたいから、イメージカラーの“きいろぐみ”と名付けた。
旗揚げから今年で32年。お客さんも仲間も増えた。仲間の一人、ろう者代表を務める戸田康之(とだ やすゆき・NHK手話ニュースキャスター)さんは、手話パフォーマンスの魅力についてこう語る。
「手話はろう者の大事な言葉。歴史の中で聞こえる人と聞こえない人が出会った瞬間、新しい何かが生まれた。ろう者と聴者の文化の出会いがもたらしたもの。それが、手話パフォーマンスだと言えるかもしれない」
ほんの少し知るだけで広がる世界
手話の夢の配達人として、活動を続けてきた瑠霞さん。ろう者に対して、誰よりも尊敬の念を抱いている。そんな彼女でも第三者から「ろう者のために尽くしている」印象を持たれることは多いという。
「私は厚生労働大臣公認手話通訳士の資格を持って活動しているので、もちろん手話通訳を行うこともよくあります。ただ、多くの方が想像するのは、聴者の言葉を聞こえない人に伝えるという『手を動かしている』時の通訳。でも実は、通訳というカテゴリーの中では、これは全体の半分でしかありません。残りの半分は、ろう者が考えていること、手話で語っていることを音声で聴者に伝えること。それは、ろう者の存在の証を立てていくことなんです。
聞こえない人の凄さ。それは人間が持っている、根本にある力を示していることだと思うんです。人間には、聴力が失われたとしても、『言語自体を生み出す力』がある。『周りの人たちと、つながれる力』がある。それを聞こえない人たちが証明してくれているのです」
「ろう者の能力は、一般の聴者が思っているよりずっと高い。いえ、聞こえないという点以外は、聴者と何ら変わりはありません」
瑠霞さんは確信を持って語った。手話パフォーマーの役者を育てるとき、リズム感は聞こえに関係ないことも見てきた。体の中に流れるリズムをとらえることが得意なろう者もいれば、どんなに踊ってもリズム感が醸し出せない聴者もいる。そこに聞こえの差はないのだ。
手話パフォーマンスの発展と後進の指導に尽力してきた。舞台が幕を開けてみれば、手話を学ぶ人ばかりでなく、ろう者と聴者のファミリーや友人同士、またろう者や聴者が一人で参加しても、見る人みんなが共有できるエンタメの世界につながっていた。ほんの少し知るだけで、互いが気付き対等に付き合っていける可能性が広がっていく。
瑠霞さんをこの世界に誘ってくれたのは、芸術大学時代のろうの友人。そして、舞台通訳で出会ったろう者の観客たち。また、若いころ手話が下手だった自分をほめ続けてくれた、地元のろうの高齢者の優しい目。今でもどこかで彼らが見てくれている。そう思いながら、今日も手話の舞台を作り続けている。そこには、共に歩んできた、ろうの仲間たちが立っている。志を同じくする聴者の役者たちもいる。
手話は空中に描くアート。これを、ろう者と聴者が共に、力を合わせて伝え続けていくのだ。
【瑠霞さんに聞いてみた!手話のQ&A】
Q1. 手話にも方言はありますか?
あります!NHKなどでは、関東圏の手話が標準的になりつつありますが、地方によって方言は全然違うから面白いです。一例として『名前』と『試験』の手話方言を比べてみましょう。
Q2. 手話は世界共通語ですか?
国によって手話は違います。でもろうの方々は、海外のろうの人と1週間くらい手話で話しているうちに、日常的な話題の範囲は、どんどん通じるようになってくるようです。グローバルですよね!地域で言えば、歴史的に、日本と台湾と韓国の手話は似ているといわれています。
Q3. コロナ禍になって、手話の世界でも変化がありましたか?
知事や首相などの横に立つ手話通訳を見る機会が増え、一般の認知度が上がりましたね。様々な立場の人に、情報が平等に届けられることが求められる時代になり、メディアからの通訳や出演の依頼も増えています。
ちなみに日本で、手話が言語であると公に発言がなされたのは、東日本大震災の直後、当時の枝野官房長官からでした。その時々の、大きな出来事に沿って、手話自体も、重きを置かれるようになってきたといえるでしょう。
またコロナ禍でオンライン化が進んだことで、聴者とろう者との出会い方も変わりましたね。やはり比較的都会の方が、働くろうの方もたくさんおられ、手話などの情報も充実している傾向があります。でも、オンラインで地方の方々も、いろんな情報に触れる機会が増えてきたと思います。
今まで私も、関東圏の方を中心に対面型の手話講座を開催してきました。でも今は、オンラインで海外や地方の受講生の方が一気に増えました。手話は、目で見る言語です。昨今の通信事情は、動画もクリアにやり取りできるので、とても役立っています。
Q4. コロナ禍でいま世界中の人がマスクをしています。口元が見えない状況はろう者にとって不便では?
不便ですね。手話は、口元の動き自体も文法の一つで、それによって意味も違ってきます。コロナが広がったことで、多くの人がマスクをつけるようになり、透明マスクが必要であるという認識が一気に広まりました。透明マスクはもともと手話通訳者の間では、病院の手術や出産の際の通訳時に使われていましたが、以前は種類が豊富ではありませんでした。今は、新しいタイプのものも沢山出てきています。YouTubeチャンネルでも紹介しているので、この機会にぜひチャンネル登録お願いします!
【きいろぐみをプロデュースしている(株)手話あいらんどYouTubeチャンネル】
手話あいらんどTV: https://www.youtube.com/user/shuwaisland
Q5. 今後チャレンジしてみたいことはありますか?
3つあります!1つは、もちろん、今メンバーたちと頑張っている手話エンターテイメント活動。手話パフォーマンス自体まだ理解が進んでいない面もあり、いろんな誤解もあります。手話パフォーマンスは、本来のネイティブな手話の在り方を学ばずに、作り上げていくことは難しい。手話は文法もあるれっきとした一つの言語であり、ろう者から学んでこそ意味がある。そこを見逃さず、ナチュラルな手話の良さ、ろう者の力強い生き方ごと、多くの人に知ってもらえればと思います。
2つ目は、宇宙✖️手話!笑
串本町はダイビングのメッカってだけじゃなくて、宇宙にも近い場所なんです。国内初の民間小型ロケット発射場の建設が、令和3年度内第1号発射に向け、今急ピッチで進められています。水中で手話が役立つように、宇宙空間でも手話が有効かもしれないという声も多く、何かお役に立てることがあればと思っています。手話は、音声言語と違い、空気の振動を共有していなくても伝えることができる言語ですから。
もう一つは、チャレンジというか願いですね。ろう者が社会でさらに活躍できる世の中になればと願っています。
東京2020オリンピック・パラリンピックでも、テレビの開会式・閉会式の手話通訳を、リアルタイムでろう者が担当しました。手話通訳が、聞こえる人の仕事だと思い込んでいる人も多い中、時代が一歩動いたのを感じています。
また、2021年の夏、全国では、聞こえない人が使える公共インフラとしての「電話リレーサービス」が正式にスタートしています。
こういう嬉しいニュースを今後も沢山聞きたいし、私自身、手話を携えて生きる者として、もっと手話の魅力を知ること。魅力を伝えること。また、最高の読み取り手になり、ろうの友人たちが語るその言葉や意思こそを、多くの人に伝えていきたいです。言語の通訳者というより、文化の通訳者(紹介者)になる必要があると思います。チャレンジは終わらないですね!
瑠霞さん、この度はロングインタビューに応えてくださり本当にありがとうございました!
■南 瑠霞プロフィール
手話パフォーマー・コーディネーター
手話パフォーマンスきいろぐみ代表・手話通訳士
https://www.kiirogumi.net
(株)手話あいらんど代表取締役
https://www.shuwa-island.jp
■駐日韓国大使館 韓国文化院主催 オンライン韓国文化公演「平和のハーモニーⅡ」
YouTube配信中
音楽にのせて手話で歌詞を語る!という新しいチャレンジ。音楽を通じて国際交流に、参加させていただきました。
https://minamiruruka.seesaa.net/article/482773348.html
■イヤホンズ「♪はじめまして」
声優アイドルのみなさんの手話パフォーマンスを指導!!イヤホンズの皆さんが、明るく元気に手話で歌ってくれています。きいろぐみデフキャストいくみちゃんと手話でコミュニケーションを取りながら、一生懸命練習してくれました。
https://minamiruruka.seesaa.net/article/483003162.html