
愛媛県今治市波方町に2026年12月、民泊とシェアハウスを組み合わせた滞在交流拠点「SLOW HOUSE@namikata」が始動します。
拠点は、かつて船主が暮らした築50年以上の木造2階建ての邸宅。10室あり、「御殿」と呼ばれたほどの大きさです。瓦屋根や門、中庭、床の間のある和室など、古い家の趣を残しながら改装し、1階を民泊、2階をシェアハウスとして活用します。
立ち上げるのは、東京都出身で、2023年から3年間、今治市地域おこし協力隊として波方町で活動してきた鈴木恵理さん。
目指すのは、町の外から訪れた若者が地域の人と出会い、何度も今治に通いながら関係を深めていける拠点。その思いの原点には、2018年の西日本豪雨の災害支援に参加するため、広島を訪れた経験があります。
目次
人が集まる場所が好き
恵理さんは東京生まれで、4人きょうだいの3番目として育ちました。両親は交友関係が広く、実家には友人や知人がよく集まっていました。「大人たちが話すリビングにいるのが好き」と話す恵理さんは、幼い頃から人の輪の中に囲まれていることが日常でした。
「何を話しているかは分からなくても、その空間にずっといました。基本的に人が好きなんです」
人が集まり、誰かが自然に加わり、同じ場所で時間を過ごす。その感覚は、後に恵理さんがつくろうとする場所にもつながっていきます。
広島の災害支援に参加して、人生や悩みを語り合える人たちに出会った
恵理さんが、人と人との関係について深く考えるようになったのは大学時代。当時は、人との関わり方や自分自身について悩んでいた時期でもありました。そんななか、2018年9月、西日本豪雨の災害支援をきっかけに広島を訪れます。そこで出会ったのが、人生や悩みを本気で語り合える仲間たちでした。
互いの考えや感情を素直に表し、相手の話を受け止める。恵理さんは、そんな仲間たちとの関係に強くひかれました。
「東京にも、同じようにまっすぐで、愛にあふれたコミュニティがあったらいいのに」
広島で過ごす中で、「なぜ、これほど深いつながりが生まれるのだろう」と考えるようになった恵理さん。やがて、人が自分の思考や感情を素直に表現できる場所を、自分でもつくりたいと思うようになりました。
気軽に語り合える仲間と、何気ない日常を共にしたい
2020年7月からは、東京でシェアハウスの運営に携わりました。その後、広島で生まれた関係の深さを考えるため、東京と広島の2拠点生活も始めました。
恵理さんがシェアハウスの運営をするなかで印象に残っているのは、大きな出来事よりも日常の小さな場面です。
子どもの日には、室内でこいのぼりを泳がせようと、エアコンの風が当たる場所に飾る。ポッキーの日には、住人たちがそれぞれポッキーを買って帰ってくる。一人ではしないことを誰かが始め、ほかの人が自然に加わることで、何でもない一日が少し変わります。
また、同じ出来事を見ていても、感じ方は人によって異なります。その違いを日常の中で伝え合えることに、恵理さんはシェアハウスの面白さを感じました。
広島の仲間やシェアハウスでの暮らしを通じて、恵理さんは、人との関係は一緒にいるだけで自然に深まるものではないと考えるようになりました。相手に向き合い、言葉を受け止め、急がずに過ごす。そうした余白があることで、関係は少しずつ深まっていくのだと感じています。
祖父の故郷で、若者を迎える土台をつくった3年間

波方町は、恵理さんの母方の祖父が生まれ育った町です。瀬戸内海に面し、海岸沿いには大きな船を造るドックが並びます。地域内のつながりが強く、一度親しくなると親身に世話をしてくれる人が多い一方、外から来た人が地域に入るには時間も必要です。
恵理さんは東京からこの地に移住する前から、地域でシェアハウスを始めたいと考えていましたが、町へ来てすぐに外から人を呼ぶことはしませんでした。よそ者である自分が地域で暮らし、さらに別のよそ者を連れてくるには、まず地域の人に自分を知ってもらい、自分も地域を知る必要があると考えたからです。


2023年4月に地域おこし協力隊として波方町へ移住し、移住定住支援に携わりました。週末限定のコミュニティー喫茶「わのま」を運営し、市民祭りや地域行事、多文化交流などにも関わりながら、町の中で顔の見える関係を増やしてきました。
同時に、町の外から若者を受け入れる滞在プログラムにも取り組みました。地域を案内するだけではなく、住民と話し、地元の仕事や活動に触れ、一度訪れた人が再び今治に関われる流れを試してきました。
恵理さんが思い描くのは、一度訪れて終わるのではなく、何度も通ったり、仕事や活動に加わったりしながら、それぞれの形で今治との関係を続けていく人が増えること。
協力隊として過ごした3年間は、町の人との関係を築き、外から来る若者を地域につなぐ準備を重ねた時間でした。
「えりちゃん」は町の人とのつなぎ役になった

波方町で3年間活動してきた恵理さんには、町の中に多くの知り合いがいます。知らない若者が突然訪れれば「誰だろう」と思われても、「えりちゃんが連れてきた人」なら会話が始まる。恵理さん自身も、祖父がこの町の出身だと伝えることで、「あそこの親戚なのか」「よく帰ってきたね」と迎えられてきました。
SLOW HOUSE@namikataでは、そんな恵理さんが「関係案内所」となり、滞在者の興味に合わせて農家や猟師、地域の店や住民を紹介します。
1階を民泊、2階をシェアハウスとし、コミュニティー喫茶「わのま」も併設。3年間かけて築いてきた町とのつながりに、訪れる若者を迎えていきます。
規格外の求心力を持つ人との出会いで、宿の構想が形に
恵理さんは以前から、人が出会い、滞在しながら関係を育てられる宿をつくりたいと考えていました。
その構想が「SLOW HOUSE@namikata」として動き出すきっかけになったのが、杉浦恵一さんとの出会いです。杉浦さんは、全国各地に拠点をつくりながら、それぞれのオーナーが全国の仲間とつながり、知恵や経験を共有して運営していく「スローハウス」という仕組みを各地に広げています。
恵理さんと杉浦さんは2022年ごろ、イベントで知り合いました。その時点では、一緒に宿をつくる話はありませんでしたが、恵理さんが今治へ移住し、共通の知人をきっかけに再び連絡を取るようになります。
杉浦さんらと対話を重ねる中で、恵理さんは、自分が考えていた場所とスローハウスの考え方が重なっていることに気付きました。さらに心を動かされたのは、思いついたことを次々と形にする杉浦さんの行動力と、その周りに集まる面白い仲間たちでした。
「いろんな人たちが杉浦さんの周りにいて、おもしろそう!と思って。だったら乗っかっちゃおう!と」

一方で杉浦さんは、波方での恵理さんの挑戦を「結構無謀だと思う」と笑います。何しろ、拠点となるのは10室もある大きな邸宅。恵理さんはすでに喫茶店「わのま」も運営しています。それでも杉浦さんは、祖父の故郷という縁があり、3年間この地域で関係を築いてきた恵理さんだからこそ、「何かに動かされているように感じる」と話します。
そして、恵理さんが自分の名前を掲げた宿ではなく、スローハウスという形を選んだことにも注目しています。
「宿をやりたい人は、自分の名前で、自分の思うような宿をやりたい人が多いと思います。でも、えりちゃんはそれをさらっと『スローハウス』の形にしている。それは、自分の宿をつくることより、地域が盛り上がることを考えているからだと思います」
全国のオーナーや仲間とつながり、一人ではできないことにも挑戦できる。それも、杉浦さんが考えるスローハウスの良さです。
恵理さん自身も、自分一人では想像できなかった出会いや展開が生まれることに魅力を感じ、「SLOW HOUSE@namikata」として立ち上げることを決めました。杉浦さんは、この場所を立ち上げ、運営していく中で、恵理さん自身が何と向き合い、どんな変化をしていくのかも楽しみにしています。
本音を言葉にし、受け止め合える日常を今治に

波方町では、高校生や大学生ほどの若い世代と、地域住民が接する機会は多くありません。町の外から若者が訪れれば、地域の人は普段出会わない世代の考え方に触れ、若者も町の中に知り合いをつくることができます。
何度か訪れ、同じ家で過ごし、町の人と話す。その積み重ねの先に、「また来た」ではなく「帰ってきた」と感じられる関係があります。
恵理さんが広島で知った、思いや本音を言葉にし、互いを受け止め合える日常。人に囲まれて育った経験や、シェアハウスでの暮らし、波方町で築いた3年間の関係を重ねながら、その日常を今度は自分が波方町につくろうとしています。
町の外から若者が訪れ、地域の人と出会い、何度も通ううちに「また来た」が「帰ってきた」に変わっていく。SLOW HOUSE@namikataから、本音を語り合い、互いを受け止め合える日常が、波方町に少しずつ広がっていきます。

※写真はすべて鈴木恵理さん提供
情報
SLOW HOUSE@namikata Instagram:https://www.instagram.com/slowhouse_namikata
愛媛・今治にまた帰ってこられる宿「SLOW HOUSE@namikata」を!
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