日本には「なぜそうしたの?」と聞きたくなるふしぎな食べ物が数多く存在します。
たとえば「笹団子」。
なぜ笹なんだろう?
たとえば「イナゴの佃煮」。
なぜ虫・・・?
それらには先人たちの知恵が隠されていて、令和になった現代もわたしたちの生活に息づいています。まわりを見渡してみてください。あなたの周りにもきっとあるはずです。
さて、そんな全国に数あるふしぎな食べ物の中から、今回はわたしのふるさと・福島県会津地方にある「天ぷらまんじゅう」をご紹介させていただきます!
まず、「天ぷらまんじゅう」とはなにか。
コチラです。
写真は本丸茶屋さんという、会津若松市の鶴ヶ城の中にあるお茶屋さんの天ぷらまんじゅうです。
揚げまんじゅうと勘違いされた方もいるかもしれませんが、これが天ぷらまんじゅうです!!!!!ほんとうに「天ぷら」なのです。
おまんじゅうにてんぷら粉をつけて揚げた食べ物。
すなわち、カロリー爆弾絶品やみつきフード…!
一口食べると、あたたかくサクサクな衣に包まれたおまんじゅうと優しい甘さのあんこが口の中で溶けていきます。「優しい」という言葉がぴったりの食べ物なのです。
会津のソウルフードといっても過言ではない天ぷらまんじゅう。
ルーツは、「お仏壇にお供えをして固くなってしまったおまんじゅうを天ぷらにして食べるという習慣」とされています。わたしはお盆のあたりによく食べた記憶があるので、「お仏壇のおまんじゅうを使った」というルーツは今も受け継がれているようです。
おまんじゅうの種類に決まりはありませんが、わたしがこれまで食べてきたものは茶色い皮のこしあんまんじゅうが大半でした。もしかしたら、各家庭の推しまんじゅうがあるかもしれないですね。(推(お)まんじゅう?)
胃もたれなどとは無縁だった学生時代は、3個や5個は当たり前に食べられたほど。
天ぷらまんじゅうを何個食べられるかで、己の若さを計るのもいいかもしれませんね。
食べ方も人によってさまざまで、わたしのように牛乳をおともにするタイプ、お茶をおともにするタイプ、玄人ともなると「塩」をかけて、おまんじゅうの甘さを更に引き出そうとする人もいます。まさに十人十まんじゅうです。
さんざん語ってきた天ぷらまんじゅうですが、あるきっかけで、驚くべき事実が判明します。
「天ぷらまんじゅうは会津だけのものでは…ない…?!?!」
会津名物だとおもっていた天ぷらまんじゅう、発祥の地が別にあるんです!!
それが長野県…!
江戸時代の大名である保科正之が、長野県の高遠藩から会津藩へ移ったときに伝わったという説が濃厚なのです。(参照:日清オイリオさん)それにとどまらず、会津藩にいた加藤家が島根県に立藩し、会津藩から職人を呼んだことから、島根県にも天ぷらまんじゅうが根付いているのだそうです!行く先々で天ぷらまんじゅうを作らせるとは…大名たちは天ぷらまんじゅうが大好きだったのかもしれないですね。
つまり天ぷらまんじゅうは、会津・長野・島根をむすぶ架け橋フードなのです!
天ぷらまんじゅうを伝えてくださった保科正之大名、ひいては長野の方々には感謝してもしきれません。こんなおいしいものを教えてくれてありがとうございます。と言いたい!
各地の天ぷらまんじゅうにもそれぞれキャラがあるようです。
ますます気になりますので、追跡調査を行っていきます!
それでは、情報求ムです!!