東海道川崎宿と麦畑。川崎の歴史にちなんで開所されたビール工場【神奈川県川崎市】

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〜この記事は、株式会社JTBふるさと開発事業部と合同会社イーストタイムズが共同で取り組んでいる「ローカル魅力発掘発信プロジェクト」から生まれたハツレポです〜

2023年に起立400年を迎える東海道川崎宿に、その名前を冠したクラフトビールの醸造所兼ビアパブが2018年12月にオープンしました。その名も「東海道BEER川崎宿工場」です。

経営する株式会社岩田屋は、元々100年以上も続く老舗ガラス店だったそうですが、バブル崩壊後の苦境により建築設計・施工業に事業転換しました。倉庫として使われていた 京急川崎駅より徒歩7分の建物は、好立地にも関わらずしばらく使われていなかったそうです。

四代目となる岩澤 克政(いわさわ かつまさ)社長は、この物件を有効利用して地元の川崎宿跡の賑わいを取り戻したいという想いから、川崎宿には松尾芭蕉が「麦の別れ」に詠んだとおり麦畑が広がっていたという歴史もふまえて、麦酒ことビールの醸造所兼ビアパブをやろうという考えに至ります。

岩澤社長は、自ら醸造所立ち上げのために奔走しますが、知れば知るほど素人には難しいと思い知らされたそうです。そんな時に出会ったのが、現在の東海道BEER川崎宿工場で醸造責任者を務める田上 達史(たのうえ さとし)さんでした。

「ビールの幅を広げる」という役割を遂げた気鋭の醸造技師の選択

田上さんは、同じ川崎市の「風上麦酒製造」という醸造所の経営者であり、醸造技師でした。「飲みたいビールがなかったから」という理由から発足したこの醸造所は、「ビールはもっと自由でいい」というメッセージのもと、独自のセンスであえてバランスを崩した極端なビールを造り続けました。結果、田上さん自身も想定していなかった程に多くのクラフトビールファンを惹きつけ、当時、アメリカを中心に大流行したIPA(インディア・ペール・エール)一辺倒だった日本のクラフトビール業界に一石を投じました。

コアなファンを全国に持ち、いよいよこれからというところで、田上さんは交通事故に遭い、回復の見込みがないことから「風上麦酒製造」の閉鎖のアナウンスをしました。「ビールの幅を広げる」という目的をある程度達成できたという想いから、ビール醸造からは離れることを決めていたそうです。そんなとき、岩澤社長を含む、計4社からの醸造技師としてのオファーが舞い込んできました。

そんな田上さんが岩澤社長のオファーに応えた理由は、「地元川崎市の地域振興への岩澤社長の熱い想い」でした。それは、ビールに対して注がれていた田上さんの情熱が、「地域振興」という思いがけない目的に交わった瞬間だったようです。

「今では、単純に川崎市が好きになった」

東海道BEER川崎宿工場でのビール造りは、風上麦酒製造でのそれとは「真逆」だと田上さんは語ります。「ビールに幅を持たせる」ために、あえてバランスを崩していたビール造りから、最適化されたバランスのビール造りへ。そして、定番ビールの「1623」(ふるぽの返礼品にも含まれています)には川崎宿が東海道の宿場町に制定された年を銘柄名として持たせ、「薄紅の口実」には、地元の川崎高校養蜂部のはちみつを用いるなど、ビール造りの目的に明らかな変化が見て取れます。

「川崎市は居住しているに過ぎない場所で、かつてのビール造りでは川崎を意識したことはなかった」という前置きがあっただけに、「今では川崎市のことは深く知っていて愛着があり、単純に川崎市が好きになった」と語る田上さんの優しい微笑みがとても印象的でした。

そんな田上さんの地元愛の込もったビールを、日本空間デザイン賞にも入選した現地のビアパブで、川崎工場夜景のような発酵タンクを眺めながら楽しんでほしいところですが、自宅での楽しみ方もあります。それは、「泡を立てずにまずは香りを楽しむ」ことです。東海道BEER川崎宿工場のビールは全銘柄で香りにこだわっているそうなので、この機に、「ビールを香りで楽しむ体験を」ご自宅でしてみてはいかがでしょうか。

栗田宏昭

栗田宏昭

ローカリティ管理者

神奈川県平塚市

第1期ハツレポーター

全米住みたいまちNo.1に選ばれた「ポートランド」で「コミュニティ開発」を学び、「ローカル」の重要性を叩き込まれた。地元の神奈川県平塚市でローカル市民メディア「平塚市民プレス」の立ち上げ経験があり、第二の故郷であるポートランドのカルチャーをクラフトビールと一緒にサブスクパッケージ販売する「桜泥棒BEER」を準備中。