誰もが読書ができる社会を目指し、障害の有無に関わらず、全ての人が、読書による文字・活字文化の恩恵を受けられるようにするための法律、「読書バリアフリー法」が2019年に成立するなど、わが国でもようやく社会のバリアフリー化が浸透し始めている。現在、板橋区立中央図書館併設のいたばしボローニャ絵本館では、40年以上前からてんやく絵本の製作・貸し出しなどを行なっている「特定非営利活動法人てんやく絵本ふれあい文庫」の巡回展『「さわってたのしめる てんやく絵本・点字つき絵本」ってどんな本?展』を開催中だ。同展示を企画した板橋区教育委員会事務局の中央図書館ボローニャ絵本係の甲斐田千紘(かいだ・ちひろ)さんに、開催までの経緯や、図書館で働く方々の点字つき絵本への思いなどについて、お話を伺った。

目次
板橋が「絵本のまち板橋」と言われるようになった理由
東京都板橋区は「絵本のまち板橋」として、絵本文化を発信する街だ。板橋区には印刷・製本会社がとても多く立地していることや、板橋区の友好都市であるイタリア・ボローニャ市との交流で、寄贈された海外絵本を中心に、世界約100の国と地域・80言語・3万冊を所蔵するいたばしボローニャ絵本館があるなど、これらの要素を生かし、板橋区がブランディングをしている。
「絵本のまち板橋」の発信拠点のひとつである板橋区立中央図書館・いたばしボローニャ絵本館は、東武東上線上板橋駅から徒歩7分と大変便利な場所に位置している。2021年に移転開館された建物は、高い天井があり、大きな窓からは、地域住民が集う平和公園の豊かな緑を臨む、とてもすがすがしい空間で、おしゃれなカフェもある。

てんやく絵本とは?てんやく絵本ふれあい文庫の巡回展を企画した経緯
もしも、子どもが、あるいは絵本の読み手となるお母さんやお父さんが、視覚障害の場合、市販の絵本では十分に楽しむことができない。視覚障害を持ちながら、子育てをしていた岩田美津子(いわた・みつこ)さん(てんやく絵本ふれあい文庫代表)が、このもどかしさをなんとかしたい、というご自身の経験から、1984年にてんやく絵本ふれあい文庫の前身である「点訳絵本の会岩田文庫」を開設した。てんやく絵本とは、市販の絵本に手作業で透明シートを貼り付けたものだ。絵本の文字の部分には、点字の透明シートを貼り、絵の部分には、絵の輪郭と同じ形に切り抜いたシートを絵に沿って貼る。この手作業が加えられることで、目の見えない人も見える人も一緒に絵本を楽しむことができる。
今回板橋区立中央図書館で、てんやく絵本ふれあい文庫の巡回展を行うきっかけとなったのは、同図書館で3年前から開催している講演会シリーズ「私の作ったこの一冊ー編集者にきくー」にて、読書バリアフリーの絵本をテーマにしたことだ。
「点字つきさわる絵本」の制作を担当した株式会社小学館の北川𠮷隆さんに講演をお願いすることが決まっていたが、講演会の準備をする中で、てんやく絵本ふれあい文庫の岩田さんが取り組んでいる『点字つきさわる絵本の出版と普及を考える会』のホームページにたどり着いた。ホームページに、巡回展募集の情報が掲載されており、北川さんの講演会開催日にあわせて、板橋区立中央図書館でも巡回展ができたら、と考え、てんやく絵本ふれあい文庫に連絡をして、板橋での巡回展開催が実現した。

小学生の図書館見学で人気の点字資料室
板橋区中央図書館には、日本で出版されている点字つき絵本の多くを所蔵しているが、点字つき絵本を求めて来館する障害をもつお子さんや親御さんは、意外に少ない。障害者の方々は、独自のコミュニティがすでにあり、その中で本を借りるのがその要因と考えられている。つまり、こういった大きな公共図書館で、目の見えない人と見える人が一緒に滞在する機会というのは限られるようだ。
いたばしボローニャ絵本館は図書館の1階にあるが、図書館の3階には、点字資料室がある。ここでは点字図書のほか、点字にした都議会だよりや区議会だよりの閲覧ができ、さらに録音資料に音声読書機、対面朗読室も整備されている。板橋区では、近隣の区立小学校の児童を対象に、毎年図書館見学を行なっている。子どもたちをこの点字資料室へ案内すると、とても喜ぶそうだ。点字図書にはじめて出会い、実際に触れるのもはじめての小学生。図書館員が「触ってごらん」とひとたびいえば、みんなとてもうれしそうな表情で、触りたがるという。


絵本を手にとってめくる体験の大切さ
板橋区立中央図書館は電子図書館も開設したが、その中に絵本は積極的には入れていない。それは、絵本の良さを十分に味わうためには、実際に本を手にとり、素材を感じながら、めくって読むことが大切だから。甲斐田さんは、図書館で実際に絵本を手にとって読む子どもたちのうれしそうな様子から、そう感じている。絵本の表紙を見て、子どもたちが自分で手にとって、ページを開けて、これはいいな、いや違うな、では別の本にしよう、と本棚からまた別の絵本を取り出すといった、自分で選ぶ体験もできる絵本は、子どもにとって大切だと考える。また、ここはいたばしボローニャ絵本館。世界の絵本がたくさんある。国によって、絵本の紙質や装丁も異なるので、そういった広い視野で外国の絵本から外国の文化などを感じることもできる。
絵本には、子どもたちが直接手にとって開く楽しみがある。点字つき絵本には、目の見えない子も見える子も、直接手にとって触れて一緒に楽しめる要素が詰まっている。
「点字つき絵本やてんやく絵本の存在を、もっと知っていただける機会を増やしたい!」
甲斐田さんは、点字つき絵本への思いやこれからについて、次のように話す。
「点字つき絵本は、コストがかかってしまうこともあり、出版が年にわずかというような世界。もう少したくさんの点字つき絵本が出版されて、子どもたちが色々な絵本を楽しめるようになると良い。また、その存在を幼い頃から知り、目が見えない人はこうやって絵本を楽しむんだな、とお互いを理解できる架け橋に図書館がなれれば」
絵本には、直接手にとって開く楽しみがある。そして点字つき絵本には、目の見えない人も見える人も、直接手にとって触れながら、一緒に楽しめる魅力的な要素が詰まっている。点字つき絵本の魅力がわかる、この巡回展へぜひ多くの方に足を運んでいただきたい。
取材日:2025年6月4日
情報
特定非営利活動法人てんやく絵本ふれあい文庫
『「さわってたのしめる てんやく絵本・点字つき絵本」ってどんな本?展』
場所:東京都板橋区立中央図書館・いたばしボローニャ絵本館
期間:2025年6月3日(火)~2025年6月29日(日)
時間:午前9時~午後8時
入場無料
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/library/oshirase/2000885.html
【2025年6月20日 訂正】
2025年6月6日に公開した本記事におきまして下記の記載に誤りがありました。
誤:特定非営利活動法人ふれあい文庫
正:特定非営利活動法人てんやく絵本ふれあい文庫
校閲の確認が不十分で団体の正式名称を誤って掲載しておりました。ここに訂正しお詫び申し上げます。なお、事実確認のため一旦非公開としておりましたが、事実を再度確認の上、本日再公開いたしました。
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