
2026年7月4日から8月23日まで、福岡県大川市の大川市立清力美術館にて、令和8年度 企画展 郷土の作家シリーズ「池末 満展 -そこに在る風景-」が開催されている。
現在、独立美術協会会員および西部水彩画協会会長を務め、 また10年ほど前まで福岡県久留米市で芸大・美大受験者向けの「久留米美術研究所」の指導者として多くの後進を育ててきた池末満氏。その展示の様子とともに、8月2日に行われたギャラリートークの模様をリポートする。かつて教室で教えを受け、現在は写真を撮る筆者が目撃したのは、単なる「風景の描写」をはるかに上回る、一人の表現者の圧倒的な追求と、心に届く絵画の力だった。


大川市立清力(せいりき)美術館は、九州最大の一級河川・筑後川のすぐ近く、堤防沿いに位置しており、日本最大の干潟が広がる有明海の河口にも近い。久留米方面から筑後川沿いを車で向かうと、視界が大きく開け、開放感のある気持ちのよい道が続くため、ドライブコースとしてもおすすめの立地だ。特に5月から7月にかけての初夏であれば、筑後川名物であり、日本で有明海周辺にしか生息しない幻の魚「エツ」の料理をこの辺で味わうことができる。
有明海の干潟にたまる泥は、地元では親しみを込めて「ガタ」と呼ばれている。
もとは、清力酒造の洋館であったこの美術館。
明治の面影を残すこの歴史的建造物は、初代社長・中村綱次(なかむら・つなじ)が主ひん室を飾る大作の制作を依頼した画家・青木繁が、大川に滞在し描き上げた『漁夫晩帰』を迎えた舞台である。
目次
大盛況のギャラリートーク
連日猛暑の続く、福岡県。この日も酷暑レベルの暑さ。
30名の定員は予約開始後すぐに埋まり、60名以上の人が集まった。
タイミング悪く、2階の空調設備が壊れており、ギャラリートークは急きょ午前と午後の2回に分けて開催され、当初予定していた油彩の大作が並ぶ2階ではなく、水彩作品が並ぶ1階の部屋で行われた。
この日筆者は初めて先生の作品をじっくりと見ることになるが、油彩のほかに水彩作品を描かれていたことを知り、驚く。用意された椅子の近くには、丁寧に描かれた福岡県八女市黒木町の山村の雪景色、大川市の新橋川の川底を描いた水彩。
それらを眺めながら、ギャラリートークを待つ。
これまでの来場者はおよそ1,000人。展示室には、200号の大作をはじめ、郷土の自然に根差した作品が並ぶ。来館者からは「まるで写真のようだ」と驚きの声が上がるとのこと。しかし、じっと作品と対じしていると、それが写真とは決定的に異なる「絵画でしかあり得ない表現」であることに気付かされ、探究心をくすぐられ、じっくり鑑賞していかれるそうだ。
池末氏は、1つの作品のために、何度もスケッチを行う。何度も筆を走らせる。以前は、大作を描くためのエスキース(下絵)のため、拡大して描き写す際の目安となるグリッドを水彩に描いていた。油彩に行き詰まると水彩に戻り、描き足すため、紙が傷んでボロボロになり、破棄した作品もあるという。
それほどの試行錯誤を経て、キャンバスに描く。

「木の枝を2週間描き続け、限界に打ちのめされた」―教え子の記憶と、先生のまなざし
画家の野口忠行(のぐち・ただゆき)氏と池末氏を迎えて開催されたギャラリートーク。会場には、50年前、30年前、20年前の教え子たちもやってきた。会場に駆けつけたかつての教え子たちの顔を見て、池末氏が当時の記憶を呼び起こす場面があった。先生は当時、美大受験生の指導にあたっていた。
筆者にとって、池末氏は「厳しい先生」だった記憶が鮮明に蘇る。
浪人時代のこと、
「ハーフトーン(中間調)を追え」
そう繰り返す先生。もう一人筆者の大切な恩師である故・後藤先生などの講師陣の指導のもと、1本の木の枝とその枝にまかれたわらのひものデッサンを、当時2週間もの間ただひたすらに描き続けた。描いても、描いても、終わらない。そして、どんなに描いても変わらなくなる。「描けなくなる」のだ。
自分の限界を知り、ただただ圧倒され、打ちのめされた。
そして、それをいつでも見られるように額に入れ飾っておくように、と言われた。
何度も描くのがいやになり、その度に作品を少しずつ捨ててしまったのだが、この木の枝の鉛筆デッサンは倉庫と化している画材置き場に今でも飾っていることを思いだした。
時間の重みと描く思いを感じる作品群
ギャラリートークの後、1階の作品をかつての教室の仲間と鑑賞。普段何気なく見過ごしている枯れた草や、栗、見上げた電柱に作られた鳥の巣などの絵画に、自分が見慣れた光景を思い出し、記憶を重ねながら見た。
そして、メイン会場である2階へ行って驚く。
「暑い!」
池末氏が沖縄県西表島(いりおもてじま)で描いたという作品がある小部屋は、本当に熱帯雨林で見ているかのような息苦しいほどの暑さ。美術研究所を運営していた当時、毎年3月に現地へ通い詰め、描き続けられたシリーズなのだという。

3月は西表は雨期にあたる。通い続けた12年目は雨が強く、それでもスケッチに行ったところ、赤い土が流れ込み、白濁した川を美しいと思い、描いている時、”何でここで川を描いているんだ?”と疑問が湧く。
“川なら地元の筑後川があるじゃないか”
―この気づきが筑後川、現在のテーマである「一本川」を描く契機につながっていく。
「でかい!」

アーティストトークの際、絵を描くキャンバスのサイズ規格で、「200号の大作」といわれても想像がつかなかったが、F200号の大きさを調べると、2590ミリ×1940ミリとのこと。
巨大な作品が立派な洋風建築の窓際に並んでいる。
しかも筆者は素材として見向きもしないような川の底。
作品の中央に立ってみると、自分の目の前がガタで埋め尽くされる。
表面はフラットな質感で、すっきりとしたタッチ。水彩画をもとにした絵画であるというのがうなずけるが、表面は、油彩ならではの光沢感がある。
作品に近づいてみると、不思議なことにそれが絵画であることが分かってくる。

手前のガタと奥の民家がリアルに、密に描かれ、真ん中がリアルながら比較的あっさり描かれている。また写真とは違い、1枚の絵の中に、視点を変えて描かれている。泥の中の細かな色彩の変化も巨大なキャンバスの中、糸のように細い筆で描かれているため、後ろに下がったり、前に近づいてじっくり見ていると、ガタの中に迷い込んだ気持ちになり、絵のタッチを追うと、制作時間の重みが伝わり不思議な感覚になる。
作品を見て気がついたアーティストトークでの違和感
アーティストトークの際、
「同じ画面の中の花の咲いている時期が違うと専門家に言われたことがある」との言葉に引っかかっていた。しかし、その意味に気がついた。それは、その絵が実際の風景をそのまま描いているということではない。1枚の絵に季節や風景、時の移り変わりで変わってしまう景色を組み合わせて描いた、池末氏の中にある景色ということ。
とことんこだわって描く。
特に、ガタは、干潮が1日で1時間近くずれるため、干潮に合わせてスケッチすると、天気が違うのはもちろん、翌日に行っても光が全然違うのだ。池末氏は、漁師のように新聞の潮見表を見て描いていたとのこと。また、川はガタが見られる場所の中でも、下流に近づくにつれて泥の粒子の大きさが違うそうだ。粒子の差まで観察して描いていると知り、驚きを覚えた。
だからこそ、池末氏の描く風景には、見る者の人生を揺さぶるほどの熱量が宿る。さらっとしたタッチの層に幾重にも重なった時。生き物がいない、写実的な風景絵画の目の前に立つと自分がその中に一人いる感覚になる。
熊本地震のニュースで、沈む心に響いた「うつむいた下に映る青空」
筆者の心に最も深く刺さったのは、作中に描かれた「ガタの水たまり」の描写だ。
泥がぬかるむ地面。うつむいて視線を落としたその暗い場所に、美しい「青空」が映り込んでいる。
うつむいた下に、青空が映る―。
2026年7月、熊本県熊本地方で地震が相次いだ。
この日は2026年8月2日
美術館まで、筑後川沿いを車で走る道中、車内で流れるラジオでは、
“楽しみにしていた福岡の音楽イベントに行けなくなった”
“まだ余震が続いている”
などのメッセージが読まれていた。
“少しでも気持ちが晴れるならラジオ聴いてください”とのパーソナリティの声。
熊本の隣の県である福岡県。
特に筑後地域は熊本に近く、行き来も多い。
福岡にいた筆者自身も揺れを感じ、怖さを覚えた。
文化的にも福岡市より熊本の方が近い感覚がある。
熊本の震災を報道する、悲しいニュースを見るたびに胸が痛む。
見に行きたかった知人の熊本の展示も美術館が被災し、中止になってしまった。
この日見た、「泥の中に映る青空」は、他の何よりも強く、深く筆者の心に響いた。
曇天の中、いとこの斎場へ向かう道中にみた川のガタの風景から、この「1本川」シリーズを描き始めたという池末氏。
スケッチを重ねる中でみたガタの水面に映る青空が、つらくて上を向けない、足元ばかりを見つめている時でさえ、そこには必ず青空があるという氏からの強いメッセージが込められた作品なのだ。
深い悲しみの中に見えた一筋の光だからこそ、描くエネルギーとなり、それが見るものに伝わるのかもしれない。
トークショー後、新旧の教え子たちで先生を囲み、しばしの歓談。今回の個展図録も、教え子が携わったとのこと。ときを経て、作家である先生の人生に初めてふれた時間。受験時代、ともに戦ったかつての戦友たちと、少し柔らかくなった先生をみんなでかこんだのが、なんだかうれしかった。
かけがえのない、そこに在る風景
翌日の夕方、仕事後急いで、筆者はまた大川を訪れた。
干潮時を狙い、先生を思いながらガタを撮った。
ガタと、明治時代に造られた選奨土木遺産「デ・レーケ導流堤(若津港導流堤)」が同時に見える大川市の場所は、「新田大橋」周辺。
風に乗って飛ぶ鳥、海のにおいがする筑後川河口。夕暮れに少しずつ明かりが灯り始める。
先生の深い思いには到底及ばないが、初めて泥を主役にしてみようと思った。
今までならきっと、有名な遺構や映える赤い新田大橋に焦点を合わせていただろうし、まずガタを撮りに行こうとも思わなかっただろう。
日々そこに在る風景、先生が思いを重ねる風景は、筆者の住む八女からも遠くなく、しばしば通る場所ではあるが、少し場所が変わるだけで、こんなにも違うのか。また「自分には、見慣れた何気ない地元の風景も大切な景色なんだ」と改めて感じた。
展示は今月8月23日まで。
ご興味のある方は、是非足を運んでみて下さい。

※写真はすべて筆者が2026年8月2日撮影
情報
令和8年度 企画展 郷土の作家シリーズ「池末満展ーそこに在る風景ー」
2026年7月4日(土)~8月23日(日)
大川市立清力美術館
住所:〒831-0008 福岡県大川市大字鐘ヶ江77番地16
電話番号:0944-86-6700
開館時間:9時から17時 (入館は16時30分まで)
池末満展観覧料:一般500円(15名以上の団体450円)
※中学生以下、身体障害者手帳をお持ちの方およびその介護者は無料
入館料:無料(注:企画展開催中は有料になる場合があります)
休館日:月曜日(祝日の場合その翌日)
駐車場:無料(約30台)





