福島市役所が「日本DX大賞2026」庁内DX部門で大賞に輝いた理由は 、「改善」を歓迎する組織文化にあった(前編)【福島県福島市】

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福島市と聞いて、「DXが進んでいる街」だと思い浮かべる人は、どれくらいいるだろうか。福島市というと、「桃」のイメージだと言われる。少なくとも東京の知り合いからは、桃などの果物を思い浮かべると聞く。その他、飯坂温泉などの温泉街や、JRA福島競馬場などが思いつくと言われることが多い。

ところが2026年、福島市は富士フイルムシステムサービス株式会社とともに「日本DX大賞2026」の庁内DX部門で大賞を受賞した。

すごいことなのだろう。しかし恥ずかしながら、取材前の私は「日本DX大賞2026」がどのような賞なのかも、福島市の取り組みが市民にどんなメリットをもたらすのかも、よく分かっていなかった。

「大賞を受賞したのだから、きっと優れたシステムを開発したのだろう」
そのような程度の認識で、福島市役所に取材を申し込んだ。

ところが話を聞いていくと、どうやら「すごいシステムを作った」というだけではないことに気付く。むしろ、福島市役所には「改善」を歓迎する庁内の空気があった。

今回取材に応じていただいたのは、福島市CDO(最高デジタル責任者)補佐の信太秀昭(しだ・ひであき)さんと、同市デジタル改革室情報企画課長の鈴木潤(すずき・じゅん)さん。福島市が日本DX大賞2026を受賞するまでの道のりをたどっていくと、その原点は2019年の災害対応にあった。

本記事では前後編に分けその歩みと、その原点となった取り組みをお届けします。

左から鈴木さん、信太さん

台風が来た夜、「翌朝7時に動かす」と決めた

2019年10月、「令和元年東日本台風」が福島市を襲った。深夜0時の時点で、市内ではおよそ5000人が避難所へ避難していたという。夜中のため、被害の全容はまだ分からない。

しかし、これだけ多くの人が避難している以上、大きな被害が出ている可能性は高い。そして住宅被害が出れば、休み明けから罹災(りさい)証明書の申請が始まる。

実は福島市には、2011年の東日本大震災で約16万件もの罹災証明書を発行した経験があった。その膨大な事務処理を知っていたからこそ、信太さんたちは「同じことを繰り返してはいけない」と考えていた。

しかし、時間はない。罹災証明書を待つ市民がいる。
そこで選んだのが、「全部できるまで待つ」のではなく、「必要なところだけでも先に動かす」というシステム開発の進め方である。

最初に必要なのは、罹災証明書の申請を受け付ける機能である。それをまずつくり、翌朝7時には庁内で使える状態にした。システムの完成品をつくるのではなく、災害が起きたその夜に「翌朝に必要なシステム」を“リリース”したのである。

紙で始めると、あとから仕事が二重になる

信太さんたちが強く意識したことがある。それは、先に「紙」で受付を始めないことだった。一度アナログな運用を始めてからデジタルを追加すると、紙とシステムの二重管理になりやすい。

それでは現場の職員の仕事は増え、市民にとっても分かりにくくなる。

「アナログの上にデジタルのシステムを乗せるのは嫌だったんです」と、信太さんはそう振り返る。

台風が来たのは土曜日だった。日曜日の朝には庁内向けの受付システムを動かした。さらに月曜日が祝日だったため、祝日明けの火曜日からWeb申請の開発に着手。翌日の水曜日には、インターネットから申請できる状態にしたという。

システムを完成させてから公開するのではない。まずつくる。そして見つかった課題を、次の改善につなげる。いわゆる「アジャイル形式」でシステムをつくったのだ。今では珍しくない考え方かもしれないが、それを災害直後の自治体業務で実行したことは注目すべき点である。

この2019年につくられた仕組みは、その後の災害でも役立った。2021年、2022年に発生した福島県沖地震では、それぞれ約1万1000件、約1万件規模の罹災証明書を発行した。すでにシステムがあったため、それを活用して対応できた。

罹災証明書の受付は、確実に効率化されたが、そこで新たな問題が見えてきた。

「罹災証明書を出した後」がつながっていなかった

罹災証明書は、建物がどの程度被害を受けたかを証明する書類だ。
だが、災害後の生活再建は、罹災証明書を出して終わりではない。支援金、国民健康保険料などの減免、介護保険、住宅関係など。福島市には30を超える被災者支援制度があり、20を超える部署が関係しているという。

ここに、別の非効率があった。

例えば、ある被災者に支援を行うとする。申請時から住所が変わっていないか、現在の世帯構成はどうなっているか。それを確認するため、市役所では住民情報を検索する。ところが制度ごとに担当部署が違うため、20を超える部署が、それぞれ同じ被災者の情報を確認することになる。

「みんな同じ人を検索するのは無駄だよね、と話していました」
信太さんの言葉はシンプルだ。

であれば、罹災証明書の申請を受けた最初の段階で、その建物に誰が住んでいるのか、何人世帯なのか、まで住民情報とひも付けてしまえばいい。

入り口で一度正しい情報を整えれば、その後に枝分かれする支援業務で、何度も同じ確認をする必要はなくなる。と、理論上は簡単に思えるが、実現は簡単ではなかった。

住民情報を扱う基幹システムと、別のシステムを連携させるには専門的な知識が必要になる。仮に詳しい職員が勉強して仕組みをつくったとしても、市役所職員には人事異動がある。5年・10年後には、システムそのものが更新される可能性もある。一人の詳しい職員に頼る仕組みでは、長く使い続けることが難しい。そこで重要になったのが、民間企業との協働だった。

福島市と民間企業、お互いに「足りないもの」があった

罹災証明書イメージ写真:photoACより 時の記録者 Photo

福島市は2023年から、被災者支援の仕組みについて内部研究を始めた。その過程で複数の企業と意見交換を行い、課題意識で一致したのが富士フイルムシステムサービス株式会社だった。福島市には、罹災(りさい)証明書について「申請→調査→交付→支援→台帳整備」という一連の行政実務のノウハウがある。

だが、家屋調査では住宅地図や家屋図面などの紙を持って現地へ向かうアナログな方法だった。一方で、富士フイルムシステムサービス株式会社には、家屋調査をデジタル化するシステムがあった。

ただし、行政内部の業務やオンライン申請の仕組みなどは、自治体と一緒に考えなければ踏み込みにくい。福島市だけでは足りないものがあり、富士フイルムシステムサービス株式会社側にも自治体と組まなければ得られないものがあった。

だからこそ、一緒に取り組む意味があったのだ。2024年7月、福島市と富士フイルムシステムサービス株式会社は共同研究をスタートさせた。

この共同研究で、行政と民間企業はどのように業務そのものを変えていったのか。後編(https://thelocality.net/fukushima-dx-2/)では、その開発の現場と、福島市に根付く「改善」を歓迎する組織文化を追う。 

安齋慎平

安齋慎平

福島県在住のライター。企業や自治体、政府広報など幅広い領域でインタビュー記事を担当。主な執筆記事に「東急ハンズの中の人に聞く『つぶやきの作法10ヶ条』」や「全職員を巻き込み、自ら改革する市役所を作る!–福島市役所のDXを進めるキーパーソンたちに聞く」など。「デイリーポータルZ」月間新人賞受賞経験あり。

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