小さなまちに魅せられて、移住【阿仁合コミューンの長谷川さん】

(写真)『阿仁合コミューン』の長谷川拓郎さん

秋田県北秋田市阿仁合のコミュニティスペース『阿仁合コミューン』を運営する長谷川拓郎さん(42)は、西オーストラリア発祥の「WAROCK(わろっく)」を地域住民と一緒に県全域へと広めたことで知られる人物です。WAROCKは、石に絵を描いて持ち運んだり交換したりすることを楽しむアート遊びです。その長谷川さん、過疎化が進んでいた阿仁合を2度訪問しただけで移住を即決した、変わり者でもあります。長谷川さんの謎と魅力に迫りました。


移住は7年前、地域づくりの担い手に

長谷川さんが北秋田市の阿仁合に移住したのは7年前。本業は写真撮影や映像制作で、現在は阿仁合の記録映像の制作に力を入れています。それと並行して、コミュニティスペースの『阿仁合コミューン』や古本屋の『阿仁合の本やさん』を運営するなど、地域づくりにも積極的に取り組んでいます。

(写真)一口にWAROCKと言っても、製作者や石の形によってさまざまに楽しめる=長谷川さん撮影

WAROCKとの出会い

阿仁合コミューンでワークショップを行っている「WAROCK」の「WA」は「Western Australia」の略で、WAROCKとは西オーストラリアで生まれた石を探すアート遊びのことを意味しています。

この遊びを2017年に阿仁合に伝えたのは、当時、オーストラリアで暮らしていたチョールトンかやのさん。チョールトンさんは両親が横浜から阿仁合に移住したため、夏季休暇に子どもを連れて阿仁合を訪ねていたそう。阿仁合を訪問中に、たまたまオーストラリアの友人がFacebookにWAROCKに関する投稿をしていたことからこの遊びを知り、自らも石に絵を描いて阿仁合のまちに隠したのだとか。

すると、地元住民の協力もあって徐々にこの遊びが浸透。その後、長谷川さんがワークショップを始めたことで、阿仁合コミューンがWAROCK作りの拠点として知られるようになりました。

自然な流れでアートや地域づくりの世界へ

地方でクリエイティブな仕掛けを発信し続けている長谷川さんは山形市の東北芸術工科大学という美大出身で、大学時代の専攻は地域デザインでした。卒業後は東京のテレビ制作会社で働いたのち、5年ほど同大学で助手を勤めました。このような経歴であったため、阿仁合に移住してアートや地域づくりの取り組みを始めたことは至って自然な流れだったようです。自分の経歴を生かし、地域と良好な関係を築いている長谷川さんの取り組みは、筆者を含めた多くの人の共感を集めています。

(写真)夏と冬の阿仁合。まちは四季折々の姿を見せてくれる=長谷川さん撮影

阿仁合への移住を決断

長谷川さんの以前のライフワークは、「限界集落巡り」だったそうです。大学で助手をしていた頃は山形県の限界集落を訪ね歩き、転職して仙台市のデザイン会社で働いていた頃は、宮城県の限界集落に熱心に通っていました。そうした中で、捕鯨のまち、宮城県石巻市鮎川を気に入り、映像制作のために移住することも、ぼんやりと考えていたといいます。

しかし、2011年3月に東日本大震災が発生。鮎川も大きな被害を受けてしまったため、記録映像の計画を断念せざるを得ませんでした。震災から2年後、長谷川さんはアーティストの鴻池朋子さんとの仕事が縁で、阿仁合を初めて訪れました。この時、「こんな山奥に街の機能がまだちゃんと残っている場所がある!」と驚き、まちの風景に魅了された長谷川さんは、すぐに移住を決断するに至ったといいます。

限界集落という言葉に抗いたくて

と、ここまでの話だと、移住は急な決断のように思えますが、さらにじっくりと長谷川さんのお話を聞けば、実際は長年の限界集落巡りで見つけた答えが「阿仁合への移住」だったように思います。

長谷川さんは「限界集落」という言葉があまり好きではなく、それに抗うようにいわゆる「限界集落」を訪ね歩いて、別の切り口を模索していたそうです。そんな中で出会ったのが、駅やスーパー、学校、病院、図書館などの街の機能が、コンパクトにきちんと残っている阿仁合でした。長谷川さんは、阿仁合のような小さな街に引かれる理由を次のように説明してくれました。

「少し廃れたり寂れたりした街の独特の静けさや空気感、景観に美しさを感じます。『廃虚』では、そこに人が全くいないので魅力的だと思わない。私の場合は、少数であってもそこに人がいることが大切で、そういう場所には『生』を感じるし、美しさを感じます」

地域を面白くするキーパーソンに

SNSなどで拝見する長谷川さんの写真や動画は、はかなげで美しく、静寂に包まれている印象なのですが、直接お話したことで、筆者がそう感じた理由が、少し分かったような気がしました。

かつて栄えた場所が衰退し、人口が流出して寂れてしまうという現象は、どの地域にも起こり得ることです。そうした場所を映像や写真に記録して残すことが、長谷川さんのライフワークです。また、「テレビに登場しないような場所を題材として選びたい!」(長谷川さん)という、あまのじゃくな気持ちもあるのだとか。

取材を終え、まだ人の気配がある場所に、優しく寄り添うような長谷川さんの姿勢に好感を持ちました。小学3年生から中学2年生までをマレーシアで過ごし、シンガポールの学校に通っていた帰国子女でもある長谷川さん。その国際経験も生かしつつ、地域を面白くするキーパーソンとして、今後の活躍に期待したいです。これからも阿仁合の魅力を記録し続けてください!

【長谷川さんの情報】

阿仁合コミューン HP
https://www.aniai-commune.com

長谷川さんが制作した動画
秋田内陸線の夏 Summer of Akita Nairiku Line
https://youtu.be/nfzIKlfnfHM

秋田内陸線の秋 Autumn of Akita Nairiku Line
https://youtu.be/N_lmmdS9Brc 

貝田真紀

貝田真紀

秋田県北秋田市 / 第1期ハツレポーター

現在、阿仁マタギで有名な北秋田市に引越し、「地域おこし協力隊」として地域振興に取り組んでいます。狩猟免許を取得して北秋田市の森吉猟友会にも所属したので、今後は狩猟活動も展開していく予定です。モスクワには3年半ほど住んでいたので、モスクワにも思い入れがあります。「秋田×ロシア」でも何か仕掛けたいです。