カナダ移民の歴史をもつ、和歌山県美浜町のアメリカ村。

和歌山県で2番目に小さなまち、美浜町はちょうど和歌山県の中心辺り、紀中と呼ばれる位置にあります。

煙樹ヶ浜という長い海岸線沿いを日ノ岬に向かって進むと小さな集落、三尾地区にたどり着きます。

「ようこそカナダ移民の町。アメリカ村へ。」

そんな看板が目に入る。なんだか不思議な日本語。
カナダなの?アメリカなの?なんだかとっても興味深い。

アメリカ村と聞いて真っ先に思い浮かんだのはやはり大阪のアメリカ村。

でも辺りを見回してもあの賑わいや、たこ焼きの行列もない。

どうしてこの三尾地区がアメリカ村と呼ばれるようになったのか。

今回、カナダミュージアムの館長、三尾たかえさんにそのお話を聞くことが出来ました。

(カナダミュージアムというのは、カナダの出稼ぎから持ち帰った資料などを保存し展示している施設です。

旧野田邸を改装して2018年にオープン)

〈鮭漁を求めて遠くカナダの地へ〉

明治時代、三尾村はそれまで漁業で生計をたてていました。しかし、他県との漁場争いに敗北した事でどんどん村が困窮していったそうです。

その頃、三尾出身の工野義兵衛という方が、外国航路の船員をしていた親戚からカナダへ行かないかと誘われたのをきっかけに

遠く海を越えカナダのバンクーバーへと渡りました。

ある時、スティーブストンという港町のフレザー川に鮭が大量にいるのを発見します。そしてその辺りには鮭の缶詰工場もたくさんありました。

「ここなら鮭漁も缶詰工場もある。」

その事を村の人達に呼び掛け、三尾村からは多くの人がカナダへ移住することとなりました。

鮭漁は成功し、そこからの送金で三尾村は裕福になったといいます。

また、出稼ぎから帰国した人達が、洋風の建築物を取り入れたり、カナダの生活様式や文化を持ち帰ったのをきっかけに

この村は「アメリカ村」と呼ばれるようになったのだとか。

カナダなのになぜアメリカなの?と言いたくなるところですが、昔の日本人は外国の区別がつかず、

外国=アメリカだったことが理由のようです。

〈カナダ移民の歴史を残したい〉

「そこの県道沿いにも洋風のおうちがたくさんあったのだけど、今はほとんどなくなってしまって」と語ってくれた三尾さん。

以前は洋風の建物が立ち並び、異国情緒あふれる町並みだったそうですが、今はこのカナダミュージアムを含めても

数えるほどしか残っていないそうです。

高齢化が進み、当時の事を知る人は少なくなり、このままでは三尾の歴史が忘れられてしまうのではないかと危惧する三尾さん。

自身の生まれ育った町の歴史を後世に残したい、若い人達に継承していきたい。

「このカナダミュージアムはその役割を担っています。」と熱く語ってくださいました。

そして最後に三尾さんが「ここで生まれて育った若い人達に、いつまでもここを好きでいてほしい」とおっしゃった言葉がすごく印象に残っています。

お話を聞いた後実際に三尾の町を歩いてみると、たしかに空き家が多く少し寂しい感じもありましたが

この土地特有の入り組んだ細い路地や、漆喰で固めた瓦屋根の家がたくさん残っていて、とても素敵な町だと思いました。

異国情緒あふれ賑わっていた頃のアメリカ村を想像しなが散策するのも楽しそうです。

またゆっくり訪れて、この町の歴史をもっと色々知りたいと思うようになりました。

〈美浜町アメリカ村のフォトギャラリー〉

(森 寛子さんの投稿)

和歌山ローカル情報発信Lab.

「和歌山ローカル情報発信Lab.」は、和歌山県が2019年度から始めた「移住者情報発信力強化プロジェクト」事業。合同会社イーストタイムズのメンバーが講師となって、指導・フォローアップ。運営事務局も務める。県内にU・I ターンした移住者が、情報発信のスキルを身につけながら、住民しか知らない「わかやま暮らし」の魅力の可視化と発信を行って県内外の和歌山ファンを創出し、関係人口増や移住定住につなげる取り組み。