地方から世界へ!ジェノグラムが描く、家族の未来と地域福祉の可能性とは?(前編)【秋田県横手市】

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 「ジェノグラム」という家族関係を図式化する手法を活用し、児童福祉の現場で支援を行ってきた秋田県横手市職員の大沼吹雪(おおぬま・ふぶき)さん。2017年にこの手法に出会って以後、ジェノグラムの活用の必要性を感じて数少ない海外文献を和訳し出版しました。地方での翻訳活動に挑戦した背景や福祉現場での活用方法、また、ジェノグラムの可能性とその普及に懸ける思いを語っていただきました。前編・後編の二部構成にてご紹介します。

 大沼 吹雪(おおぬま・ふぶき)

1974年生。1996年、秋田県十文字町役場(現:横手市役所)入庁、2017年より児童虐待対応業務を担当。家族構成やその関係性をわかりやすく図示したジェノグラムに出会い、以後児童虐待対応の現場でその活用を推進する。2020年、ジェノグラムに関する海外書籍の翻訳出版を企画、2023年には、県内初の試みとして、市町村職員として児童福祉の研修講師を務めるなど、児童福祉の現場でも活躍する。2024年「家族理解のためのジェノグラム・ワークブック」を邦訳出版。現在、横手市役所健康推進課在職。

地域への貢献を志し公務員に

ー大沼さんが市役所職員を目指した理由を教えてください。

 私はもともと教育を学んでいて、その延長で役場の業務に興味を持つようになりました。中学校時代、隣村の方から「景気が悪くて仕事を辞めた」という話を聞いたことがあったので、そこから地域に対して何か貢献したいという思いにつながったのだと思います。私の家は農家でしたが、時代的に農業だけで生活していくのは厳しいと感じ、家業を継ぐことは選択しませんでした。そこで公務員として地域に貢献する道を選び、市役所職員の道を選びました。

ーそうした中で、大学では教員免許を取得されたのですね?

 はい、小学校で2週間の実習も行いました。子供たちとの関わりは非常に楽しく、教育の大切さを改めて感じました。その一方で、家庭や地域が子供たちに与える影響も大きいと気づき、地域の問題にも興味を持つようになりました。地域に戻り、地元の課題に取り組みたいという気持ちが強くなり、それが現在の仕事につながっています。

「ジェノグラム」日本における情報不足が翻訳のきっかけ

ーその後、翻訳された本について伺いたいのですが、どのような経緯で翻訳することになったのですか?

 2017年に児童虐待対応の業務を担当し、その際に家族構成や関係性を図で表す「ジェノグラム」という手法を知りました。このジェノグラムは児童福祉の現場で非常に役立ち、複雑な家族関係を整理するのにも効果的です。しかし、日本ではまだジェノグラムに関する情報が少なく、特に日本語の文献がほとんどありません。現場で活用するために、海外の文献を参考にしながら和訳を進めることになったのが翻訳のきっかけです。

原書「A Family Genogram Workbook」と大沼さんの訳書(写真:昆 愛)

多様な家族構成を把握する「ジェノグラム」の重要性

ー福祉現場の中で、ジェノグラムがどのように活用されますか?

 ジェノグラムは、家族関係を図式化することで、複雑な家族問題を視覚的に理解しやすくします。特に児童虐待のケースでは、再婚や連れ子など多様な家族構成を把握し、その背景にある問題を浮き彫りにするのに役立ちます。虐待の疑いがある子供たちについて、保育園や学校と連携しながら対応を進め、親への指導や児童の保護措置なども視野に入れて問題解決を目指します。地域全体で子供たちを守る仕組み作りが必要で、そのための道具としてジェノグラムは重要です。

ーこのプログラムは表計算ソフトで整理しているとお聞きしましたが、それはどのような管理方法ですか?

 一般的には、四角(□)や丸(○)、年齢だけを記載することが多いですが、私の職場では仕事や病気、関係性などの詳細な情報も記録しています。また、休日がいつなのかという情報も重要な場合があります。

 加えて、日付を入れると自動的に計算されて年齢が出てくる仕組みも取り入れました。早生まれの子供だと、ちょっとした年齢の違いが大きな影響を与えることがありますからね。だから、こういった管理が重要です。

ーなるほど、これは秋田で盛んに行われているのですか?何か勉強会やきっかけがあったのでしょうか?

 勉強会や研修受講する機会は増えてきています。私自身も情報をまとめたり、県での研修に参加したりしました。その研修では、市町村や児童相談所の職員全員が参加し、私もその中で学びました。実際に役立つ事例が多く、さまざまなケーススタディを通じて理解を深めることができました。実際には、現場での経験が一番役立つと思っています。

ニュアンスを伝えるための調整や表現の工夫に苦心した初めての翻訳

ー翻訳作業の中で苦労された点や、邦訳するにあたり工夫された点についてお聞かせいただけますでしょうか。

 私自身初めての翻訳となる本作は2019年に着手したのですが、データ消失などのトラブルもあり、結局完成まで3~4年かかりました。

 苦労した点としては、まず、文章量が多かった点でしょうか。また、言葉のニュアンスを正確に伝えるための表現の工夫にも苦労しましたね。例えば、「Blessing」という言葉があります。これはキリスト教特有の言葉です。ですので、キリスト教徒の方だけが読むのなら「祝福」と訳してもいいのですが、多くの日本人が抱くイメージと違う意味合いを持つので、訳として「祝福」という言葉は使えません。そのため、分脈に沿って「家族からの肯定的な承認」という訳としたかったのですが、紆余曲折を経て最終的に「恩恵」と訳しました。

 邦訳にあたっては、正確で読みやすい翻訳を目指しつつ、原作者の意図を損なわないよう、言葉の柔らかさや意味合いを理解した上で、適切な表現に置き換えることを心がけました。しかし、英語のニュアンスを日本語に正確に伝えることは非常に難しく、より良い翻訳方法を模索しているところです。

ー 出版社とのやり取りはどのくらいの頻度でしたか?

 出版社とは主にメールでのやり取りが中心でした。出版に至るまでのプロセスは長く、特に表現の調整や言葉のニュアンスを伝えるために監訳の先生にもサポートいただきました。私にとって、初めての翻訳本ということもあり、不安もありましたが、出版社のサポートがあったおかげで無事に出版にこぎつけることができました。

 (後編へ続く)

【訂正】10月22日公開当初、文中の「Blessing」の訳について「家族からの肯定的な承認」と記載しておりましたが、翻訳者の大沼さんからの指摘があり、正しくは「恩恵」でした。確認のため一時的に記事を非公開にしておりましたが修正の上再公開いたしました。2024年11月3日 ローカリティ編集部

昆愛

昆愛

福島県郡山市

第4期ハツレポーター

埼玉県川越市出身。前住地は山形県鶴岡市。会社員のかたわら、地域資源の掘り起こしとその魅力発信活動に取り組む。2023年、「誰もいなくなった町。でも、ここはふるさと~原子力発電所と共存するコミュニティで“記憶”と“記録”について考える【福島県双葉郡富岡町】」で本サイトのベスト・ジャーナリズム賞を2年連続受賞、また2024年、天文活動の報告・交流等を目的としたシンポジウムでの発表「天文文化史で地元の魅力発信?九曜紋が導く新たな誘客構想とは【福島県南相馬市】」で渡部潤一奨励賞を2年連続受賞。

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