2018年、国内で約100年ぶりの新種として注目を集めた紀伊半島南部のクマノザクラは、実はずっと昔からある固有種であった。
地元民にとっては、さまざまなヤマザクラが時期をずらして次々と咲くのを、長年、当たり前のこととして眺めていた。毎年、山々を彩る花たちの中に、何気なく植えた外来種により交配が進み、絶滅の危機に陥っている固有種が存在することに気づかせてくれる人が現れた。
樹木医の矢倉寛之さんは和歌山県古座川町に移住し、クマノザクラを保存して町の発展に寄与したいとの思いで、交雑から希少種を守るための保護活動や育苗、保存林の開墾、それに植樹やハイキングなどのイベント活動を行い、活動への寄付や協力を呼び掛けている。
今月7日に行われたハイキングイベントでは、山々を美しく彩るクマノザクラの魅力と、地元愛にあふれる矢倉さんの魅力に、20人余りの地元の参加者はみんな静かにうなずいていた。
いち早く開花するクマノザクラは、ソメイヨシノとは完全に開花時期が異なるそうで、地元ではこの種をはじめ、たくさんの花が共存していて長いあいだ楽しむことができる。
「山々が美しくモザイク状になるのは、さまざまなタイプのクマノザクラで彩られているから」「交雑しやすい桜のなかにあって、このように地域に特性の種がある地域は他にはない」
矢倉さんは静かに、しかしながら熱く語る。ただ、まだ他にも伝えたいことがありそうだ。なんだろう。
確かに、美しいクマノザクラの咲くこの町に興味をもってくれる人が増えれば、観光はもとより、移住促進にもなって、過疎化・高齢化の進む地方にも明るい笑顔が増えることになろう。
古座川町は、この花が新種として認定された2018年より町の花としている。でも、それだけじゃない、この静かで熱い方の本当の願いは何だろう。
矢倉さんと歩き、いろいろとお話を伺う中で、小さいお子さんや小中学生の参加が多いことに気づいた。聞けば、矢倉さんの4人のお子さんと、主催の田並劇場の林さんご夫妻のお子さんだという。
山の上で小休憩し、地元のカフェさんのデリバリーサービスの美味しいお弁当に心を奪われながらいただき、ふと、屈託なくじゃれあう子どもたちに声をかけたくなった。
「眺めはどう?」「のぼってみて!」
まるで自分の庭のように山で遊んでいるお子さんたちに、筆者もつられて小高い崖の上に登ってみた。引かれるようにほんの2メートルほど高いところから山をもう一度見てみた。
「なんてすばらしい!」
ほんの少しの視点の高さでこんなにも眺めが変わるなんて! 美しい! 美しすぎる!しかも、ご家族総出で愛する地元の自然を楽しむ姿に、ほとんどの参加者は「この地域の未来を世代間でつないでいこう」との矢倉さんの思いを受け止めている。
クマノザクラという美しくもはかなげな花。荒々しい黒潮の自然のそばで、人々も花も、それぞれの命を一生懸命つないでいこうとする。弱肉強食よりも、それぞれの特性をお互い認め合ったうえで、心地よい生き方を選択できる。あるがままでもいいんだよ、がんばらなくてもいいんだよと。
年々、人が少なくなり、高齢化してゆくこの美しい里山に、ゆっくり時が流れることを、残っている桜やお堂、人々の生き様で知ることができる。人と自然はお互いに助け合って生きていることを忘れてはならない。そして地域とともに生きることを強く語っていかなくては、やがて大きな荒波に淘汰されてしまう。日々移り行く季節のなかで、大自然と共生するこの地の人々と、100年先も続きますように、と願わずにはいられない。
彼のお義父さんの言葉をお借りすると、こう言えよう。
「彼は本気だ!」