
「子どもには夢を持ってほしい」
そう願う大人は多いだろう。しかし、世の中には、夢を持つ余裕さえない子どもたちもいる。
小学校時代に福島県内の児童養護施設で暮らし、福島市で中学・高校時代を過ごした映画監督・絵本作家の西坂來人(にしざか・らいと)さんも、かつて夢を諦めかけた一人だ。
子どもが夢を持つために、大人には何ができるのか。西坂さんの経験と言葉から、その責任について考える。
目次
「ウルトラマン」に憧れた少年が、映画監督になるまで

西坂さんは埼玉県生まれ。『ウルトラマン』や『ゴジラ』といった特撮映画が好きな少年だった。
親の事情で福島県に転居したものの、父親から暴力を受けるようになり、母と西坂さんきょうだいで福島市の婦人相談所へ駆け込んだ。西坂さんたちは児童相談所で一時保護された後、児童養護施設に移ることになる。小学6年生のことだった。
母親と離れた最初の夜は、きょうだいで抱き合って眠ったという。「父と離れたことで安心した一方、いつまで母と会えないのか不安もありました。でも長男だったので、弟や妹をしっかり守らなきゃいけないとも思っていました」と当時を振り返る。
その後、西坂さんは中学・高校時代は福島市の学校に通い、18歳になったのを機に上京した。新聞奨学金制度を利用し、新聞配達をしながら映画学校に通った。その後、『ガメラ』シリーズの制作に関わったことをきっかけに、特撮チームのスタッフと出会う。
「実は僕、ウルトラマンに関わりたいんです」
そう伝えたところ、『ウルトラマンメビウス』の制作現場に呼ばれ、その後約1年間、憧れのウルトラマンの仕事に携わることになった。
「夢どころではない」 児童養護施設で見た現実

ここで、西坂さんが児童養護施設で暮らしていた頃の話に戻る。
西坂さんは施設で生活していた頃、中学校卒業後に働き始める先輩たちの姿を見ていた。
「もう20年近く前の話なので、いまはだいぶ改善しています。しかし、当時は何のサポートもないまま自立を余儀なくされ、生活が立ち行かなくなったり、消息がわからなくなってしまう人もいました」
幼い頃から憧れていた特撮映画の世界。しかし、目の前にある現実を見れば、自分も夢を諦めなければならないのではないか。西坂さんは当時、心の底から「絶望した」と振り返る。
「夢なんて語っている場合ではないと。どうやって生き抜くかを、真剣に考えなければならないと感じていました」
西坂さんの場合は、中学校への進学を機に周囲の環境が変わり、少しずつ自分の夢に向かって歩み始めることができた。しかし、自分と同じような境遇にある子どもたちが、必ずしも夢を追えるわけではない。その現実について、次のように話す。
「一般的に10代の頃は、大人は『夢を持て』とか『やりたいことを探せ』と言うと思うんです。でも、そのような夢を持ちづらい環境下にいる子どもたちもいるということを知ってほしいですね」
児童養護施設も現在は手厚い支援を行っており、大学や専門学校にも進学できる子が増えてきた。こども家庭庁によると、児童養護施設の子どもの高校卒業後の進学率は、平成25(2013)年に22.6%だったものが、令和3(2021)年には36.4%となっている。
一方で、児童養護施設に入所する前に、虐待や生活困窮などの厳しい環境に置かれていた子どもたちもいる。こうした現実は、社会で十分に知られているとは言い難い。
「夢を見ることすらできない境遇の子どもたちがたくさんいます。命に関わる虐待だったり、明日食べるもの・住む場所に困っている子どもも多いんですね。そういう子たちには、夢よりも『安心できる生活』だったり『正しい倫理観のある教育の下で育つこと』が重要だと思っています」
これは子どもたちで解決できるものではなく、大人の責任であるという。
「福祉サービスや使える制度も増えてきました。けれども、虐待のある家庭で育つ子どもは、その状況が「普通」だと思っている場合があります。また、本当に困っている人ほど、自分から助けを求められないこともあります」
こども家庭庁によると、2024年度の児童相談所における児童虐待相談対応件数は22万3,691件だった。2014年度の8万8,931件と比較すると、約2.5倍となっている。相談対応件数の増加が必ずしも虐待そのものの増加を意味するわけではないが、多くの子どもたちが困難な状況に置かれていることを考えるうえで、見過ごせない数字だ。
夢を追う前に必要だった、安心できる居場所

西坂さんにとって、絵を描くことは、単に好きなことを楽しむためのものではなかった。
幼い頃は、言葉で自分の気持ちを伝えるのが苦手だった。しかし、絵を描けば周囲からほめられ、同級生との会話も生まれた。絵は、自分と社会をつなぐ大切な手段だったという。
「私にとって、絵を描くことは単なる表現活動ではなく、『安心して他者と関わるための手段』でした」
高校生になると、絵本の自由な表現に魅力を感じるようになった。そして、上京後にアルバイトをしながら、絵本づくりに取り組むようになる。
その後、映像・絵本の作品をインターネットで発表するようになった。それが次第に仕事につながっていったという。
一方、家庭内暴力を経験し、児童養護施設で暮らした西坂さんにとって、好きなことを将来の仕事にするのは、決して簡単なことではなかった。
そんな西坂さんの背中を押したのが、母親の「お金はないけど、好きなことをやりなさい」という言葉だった。
母親の言葉があったからといって、夢をかなえられる保証があったわけではない。それでも、自分の好きなことを否定せず、可能性を信じてくれる大人がいた。
子どもが夢を持つために必要なのは、本人の努力や意欲だけではない。安心して過ごせる環境と、自分の可能性を認めてくれる存在もまた、大切なのではないだろうか。
では、大人は子どもたちに、どのように接すれば良いのだろうか。
「何を言うべきか」よりも「関係性」が重要

子どもに対して、つい「夢を持て」と声を掛けてしまうことがある。この励ましが、子どもを苦しめてしまう場合もあるのかもしれない。西坂さんは言う。
「同じ言葉、例えば『夢を持て』という言葉であっても、どのような関係性のある人に言われたのかで変わってくると思います。同じ言葉なのに、人によって全然伝わるインパクトが変わってくると思うんです」
「私も講演会などで『施設で生活する子どもや課題を抱えているこどもに、どんな言葉をかけたらいいですか?』と聞かれることが多いです。 でも、これには答えは無いと思っています。大事なのはどんな言葉であれ、『誰に』『どんな関係性の人に』言われることです」
たとえ同じ言葉でも、信頼する大人から掛けられるのか、そうでない大人から掛けられるのかによって、受け取り方は変わってくる。大切なのは、どんな言葉を選ぶかということ以上に、子どもが安心できる関係性を築くことなのだという。
「親としては、子どもとの関係性を深めていくこと以外には、方法は無いのではないかと思いますね」
「私たちは『種が育つ環境』をつくってやることしかできない」

西坂さんは東日本大震災後、起業家や生産者と交流を深めた。その中で、福島のある農家から以下の言葉を聞いたという。
「私たちは『種が育つ環境』をつくってやることしかできない。いかに良い環境をつくるかが農家のできることです」
子どもがどのような才能を持ち、どんな人生を歩むのか。それを大人が決めることはできない。しかし、子どもが安心して暮らし、自分の可能性を信じられる環境をつくることはできる。
子どもが安心して暮らせる環境とは、衣食住が保障されることだけではない。困ったときに話を聞いてくれる人がいること。自分の好きなことを否定されないこと。そして、助けを求められないときにも、気にかけてくれる大人がいること。
そうした一つひとつの積み重ねが、子どもの可能性を育む土壌になるのではないだろうか。
そして、その責任を親だけに負わせてはならない。家庭の中に安心できる居場所がない子どもたちに対して、学校や地域、そして社会は何ができるのだろうか。
「夢を持て」と子どもに語りかけるのは簡単だ。しかし、その夢を持つことさえ難しい子どもたちがいる。
私たち大人は、子どもに夢を求める前に、夢を持てる社会をつくれているだろうか。





