廃線跡が守った「宿場町の景観」。早朝の福住で考える、歴史と暮らしが共存する未来【兵庫県丹波篠山市】

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(重森三玲作・住之江の庭)

兵庫県丹波篠山市で始まった「篠山早朝散歩&朝カフェ会」は、単なるウォーキングイベントではありません。日常と旅行の境界線にある早朝の静寂を通じて、地域の歴史的価値を再発見し、未来のまちづくりのあり方を問い直す試みです。

開催場所やコースもひと月ごとに変わっており、市内の城下町、山里、集落、窯元路地など

多様なエリアをめぐります。 今回も興味津々で歩いてきました。

今回5月に行われた146回目は「美しい街並みと歴史と文化を同時に味わえる場所・福住」として企画しました。

今回訪れた福住地区は、「宿場町」と「農村集落」が一体となって現存する全国的にも極めて希少なエリアです。2012年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。特筆すべきは、江戸時代に京都と山陰を結ぶ「西京街道」の拠点として栄えた歴史が、今も住民の「ふくがすむ」場所としての愛着とともに息づいている点です。

住民の方々は「福住」は「ふくがすむ」所として愛し、積極的に地区保全に取り組まれていてます。

福住地区代表の方からお話を伺うと「福住は江戸時代、京都と丹波・山陰を結ぶ『西京街道(旧山陰道)』の重要な拠点のひとつ宿場町として栄え、さらに景観が残ったのは、周辺の川原(かわら)・安口(はだかす)・西野々の集落が支え合い、旅人を迎え入れたことで物流の往来があり活発だったから」と答えてくれました。

そして近くには山城跡(籾井城・安口城)が点在し、戦国から江戸時代への伝統が残り住吉神社などの祭事に受け継がれています。

ここで興味深い歴史の皮肉に触れました。かつてこの地を走っていた旧国鉄篠山線は、戦時中の物資運搬や代替ルートとして期待されながらも、利用者の減少により1972年に廃線となりました。しかし、開発から取り残されたこの「失敗」こそが、結果として伝統的な景観を破壊から守り抜く最大の要因となったのです。

戦時中は、珪石(けいせき)の運搬を山陽本線が攻撃を受けた場合の代替ルートとして使われていました。

本来ならば、京都府南丹市園部まで延伸される予定でしたが、利用者が少なく1972(昭和47)年に全線廃止されました。しかし、少し名残があるので鉄道ファンが訪れる場所にもなっています。

鉄道が廃線されたことにより、結果として伝統的建造物が多く残ることになりました。 

散歩の締めくくりに訪れた古民家レストラン「オモト」での朝食は、単なる食事以上の意味を持ちます。オーナー自ら修復した建物と手作りの薪窯で焼かれるピザを囲み、参加者同士が対話する時間は、保存された歴史に新たな息吹を吹き込む現代的なコミュニティ再生の象徴です。静寂と朝日の中で味わう体験は、地域が健康に、そして豊かに持続するためのヒントを私たちに与えてくれました。

手作りの薪窯

いつも早朝散歩で感じる雰囲気は、お昼とは全く違う感覚になります。より静寂な世界に鳥のさえずりや風の流れ、朝日を受ける体感が心地よくリフレッシュできます。きっとこの感覚が多ければ、多くの人は健康に元気に長生きできるのかもしれません。


(写真は2026年5月10日篠山早朝散歩&朝カフェ会にて全て筆者撮影)

加藤 晴之

加藤 晴之

兵庫県丹波篠山市在住。「丹波の山猿 はっくん」として登山ガイドをしています。また前職(臨床検査技師)時代、健康講座も行っていましたので初心者や中級クラスの方に健康情報をお伝えしながら安全に楽しい登山を行っています。他のスポーツとは違う登山の魅力を体験くださると嬉しいです

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