
パリ18区、モンマルトルの坂道を歩いていると、ひときわ目を引く赤いカフェが現れる。
映画『アメリ』を見たことがある人なら、見覚えがあるかもしれない。主人公アメリがウェートレスとして働いていた「カフェ・デ・ドゥ・ムーラン(Café des Deux Moulins)」である。
2001年の公開から20年以上が経った今も、このカフェは変わらず営業を続けている。映画の舞台を訪れる、いわゆる“聖地巡礼”のつもりで足を運んだのだが、実際に訪れてみると、そこは映画ファンだけの場所ではなかった。

目次
芸術家たちが愛したモンマルトル
カフェ・デ・ドゥ・ムーランがあるモンマルトルは、パリ北部の小高い丘に広がる地区である。
現在はパリを代表する観光地として知られているが、19世紀末から20世紀初頭にかけては、多くの芸術家たちが集まる創作の街だった。家賃の安さと自由な空気に惹(ひ)かれ、画家のピカソやルノワール、ロートレックらがこの地で活動したことで知られている。
丘の上には白亜のサクレ・クール寺院がそびえ、その周辺には今も画家たちが集まるテルトル広場が残る。石畳の坂道や古いアパルトマン、個性的なカフェが点在する街並みは、近代的なパリ中心部とは少し異なる雰囲気を持っている。
映画『アメリ』の舞台にモンマルトルが選ばれたのも偶然ではないだろう。どこか懐かしく、人間味にあふれたこの街の空気が、作品の世界観そのものを形づくっているのである。


『アメリ』が世界に広めたモンマルトル
空想好きで少し風変わりな主人公アメリが、人々の幸せをそっと後押ししていく物語は世界中で愛され、日本でも多くのファンを獲得した。
映画の成功によって、モンマルトルは「アメリの街」として知られるようになった。その中心的な存在が、このカフェ・デ・ドゥ・ムーランである。
店内には今も映画のポスターや関連商品が並んでおり、訪れた人々が思い思いに写真を撮っている。周囲を見渡すと、明らかに映画ファンと思われる観光客の姿もある。
スタッフに案内される際も、日本語で「こんにちは」と挨拶してくれた。その何気ない一言からも、この店が長年にわたって日本の映画ファンに愛されてきたことがうかがえた。


アメリのまねをしてみる
せっかく訪れたのだから、映画のワンシーンを再現してみたくなる。
劇中でアメリは、クレームブリュレの表面をスプーンで割ることを小さな幸せのひとつとして挙げていた。
実際に注文したデザートを食べる前に、筆者もスプーンを入れてみた。
パリッとした薄いカラメルが心地よい音を立てて割れる。その瞬間、「ああ、このシーンだ」と思わず笑ってしまった。
映画の主人公になったような気分を味わえるのは、こうした場所ならではの楽しみである。


観光地であり、地元のカフェでもある
印象的だったのは、観光客だけでなく地元の人々も多かったことだ。
店内では友人同士で食事を楽しむ人、新聞を読みながらコーヒーを飲む人、仕事帰りに立ち寄ったような人たちの姿が見られた。
さらに筆者が訪れた日は、店内で音楽ライブも行われていた。
映画の舞台として有名になったカフェは数多くあるが、中には観光客向けの場所になってしまうところもある。しかし、このカフェには今も地域の日常が残っているように感じられた。
映画のセットではなく、あくまでもパリの街角にある一軒のカフェなのである。

映画の世界は今も続いている
映画の公開から20年以上が過ぎた。
それでもカフェ・デ・ドゥ・ムーランには、『アメリ』の世界を求めて訪れる人々が絶えない。
だが実際に足を運んで感じたのは、「映画の舞台が残っている」ということ以上に、「映画の世界が今も続いている」ということだった。
観光客が写真を撮り、地元の人々が談笑し、音楽が流れる。
その光景は、アメリが生きていた物語の延長線上にあるようにも見えた。
パリ中心部の華やかな観光地とは異なり、モンマルトルには今も「人が暮らす街」の空気が残っている。その空気こそが、『アメリ』という作品が20年以上経った今も愛され続ける理由なのかもしれない。



※写真は全て筆者が撮影(2026.05.30)





