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先人が作りし偉大なる米「ササニシキ」の栄光と衰退
私たち日本人の食生活においてなくてはならない「米」日本人の歴史は米と共にあると言っても過言ではありません。筆者の住む宮城県を含む東北地方は、米の産地として知られています。宮城県は全国でも屈指の米どころなのです。
現在、日本国内では様々な品種の米が生産されています。それぞれに味、香り、食感に個性がありその違いを楽しむのも、米を食べる上での楽しみのひとつかもしれません。
その数多くの米の中でもかつて「東の横綱」とうたれた米が、宮城県で誕生した品種「ササニシキ」なのです。「東のササニシキ西のコシヒカリ」と並び称された我が国の農業と食の歴史に残るお米です。
しかし、ササニシキを取り巻く状況は数十年の間に全国的に厳しいものとなっていきました。それはササニシキ誕生の地である宮城県でも同様です。
そんな中でもササニシキの味にほれ込みササニシキを盛り上げていこうという取り組みは着実に根付いています。今回は白石市で出会ったササニシキ復活へのプロジェクトの力強い道のりに前後編で迫ります。(後編:https://thelocality.net/sasanishiki-azekaeru2/)
かつて食味日本一に輝いた白石市のササニシキを次代へつなぐ市を挙げての取り組み「畔かえる」
はじめにササニシキという米の歴史と特徴について触れてみたいと思います。
1963(昭和38)年、ササニシキは大崎市(旧古川市)の古川農業試験場でハツニシキとササシグレを交配して誕生しました。粘りはさほど強くなく、米の甘い香りが立ち、頬張るとサラリとほどけ、噛むほどにじんわりと甘味が広がる。あっさりとした食べやすい味のお米です。
コシヒカリに次ぐ全国で2番目の作付け面積を誇っていましたが、1993(平成5)年の冷夏の際の不作以降栽培が減っていきました。冷害や病気への耐性の低さから作付け面積が減り、宮城県でも他の品種の栽培が増えていきました。
しかし、そんなササニシキを復活させるプロジェクトが宮城県白石市で取り組まれています。それが白石市全体で取り組んでいる壮大なプロジェクトがササニシキ復活プロジェクト「畔かえる」です。
白石市のササニシキは、1989(平成元)年度に民間調査機関の食味調査で日本一を獲得した実績を誇ります。
味も香りも本当に素晴らしいお米なのです。
次代へと受け継がれる宮城、白石の伝統の味。
今回の取材では、白石市内で白石産ササニシキの販売をしている農産物などの販売施設「おもしろいし市場」にて、ササニシキ復活プロジェクト事務局の佐久間洋光さんにお話しを伺いました。

ササニシキへの思いを穏やかにそして熱く語ってくださいました。
畔かえる。このプロジェクトは2016(平成28)年3月に立ち上げられ現在、白石市の5つの地区で8名の方々が作っておられます。プロジェクト名である「畔かえる」の言葉の意味は、ササニシキをきっかけに田んぼの畦道のある白石市にまた帰ってきてほしい、という思いが込められているそうです。
お米の評価基準は一概には決められませんが、畔かえるで作られているササニシキは純粋な味に関してササニシキの中でも特においしい、と自信をもって消費者の方々に提供されています。
おもしろいし市場ではササニシキの他にも、おかゆや日本酒などササニシキを使った商品が販売されております。発足以降、農家さんが独自に販路を拡大してきただけでなく、事務局の方々や多くの人々の協力のもと着実に一歩一歩販路拡大が進んでいる。課題があってもそれを個人だけでなくチームで共有し、解決に取り組む成功への道を皆で歩んでいく姿勢を筆者は感じ取りました。

おいしいササニシキを作るための高度な技術を、次の世代へ継承していく担い手の育成にも力をいれておられ、プロジェクトメンバーの息子さん、娘さんも米作りを学ばれているそうです。
古き良き伝統を大事にし、これからの時代のことも考えた取り組みが継続されている。これはどの仕事でも大切なことではないでしょうか。

後編(https://thelocality.net/sasanishiki-azekaeru2/)では白石市のササニシキを実際に食べたそのおいしさと、今後のササニシキ復活プロジェクトの目標をお伝えいたします。
情報
おもしろいし市場
住所:宮城県白石市福岡長袋八斗蒔20-1
HP:https://www.sunpark.jp/omoshiroishi
Instagram:omoshiro1019





