「ねぶり流し」に願いを込めて。秋田竿燈まつり

2年連続で中止となった「秋田竿燈(かんとう)まつり」。その原型となったのは、「ねぶり流し」という行事。過去から現在、そして未来へと続く意気込みなどを紹介する。

秋田竿燈まつりは、毎年8月3日〜6日まで、秋田県秋田市で行われる夏の一大行事だ。期間中は、130万人以上の観光客が訪れる。

竹竿に提灯を下げ、最大重さ50キロにも及ぶ竿燈を力強く演技する姿、提灯にはロウソクが灯され揺らぐ姿は、「光の稲穂」とも称される。

竿燈まつりの始まりは、今から約270年前。江戸時代中期の頃とされる。
元々は、「竿燈」ではなく「ねぶり流し」などと呼ばれ、旧暦7月7日の前夜、子どもたちが笹竹に短冊や絵馬を吊るし町を練り歩き、川へ流した行事だった。その「ねぶり流し」行事がやがて、若者たちが提灯をいくつもつけ、街を練り歩く竿燈まつりになった。

しかし、新型コロナウイルスの影響により、昨年に引き続き、今年も2年連続の中止が決まった。
筆者も竿燈まつりに2歳半から関わり、まつりに参加し続けてきた。昨年に引き続きの中止は、モチベーションが下がる一方。落ち込んでいるときに、1つのものと出会った。

それが、戦前から伝わる「半纏」である。
「半纏」とは、祭りの際に揃いの衣装として、皆が袖を通すもの。祭りの時は汗をびっしょりかいてもその半纏が吸ってくれる。まさに祭りの情熱と熱気を吸い込む、なくてはならないものだ。

竿燈まつりの半纏は、背中に「町紋」という町内の家紋のような大切なマークをあしらい、町の代表として祭りに参加するぞ!という証である。
しかし、昔は各家庭で小さい頃から半纏を揃えて祭りに参加していた。

筆者が竿燈に参加した2歳半の頃、とても可愛がってくれた「亡きおばあちゃん」が、家族以外で誰も着たことがなかった、手縫いの藍染半纏を着せてくれたのだ。

筆者は写真でしか見たことがないが、ずっと本物を見てみたいなと、どこかで思っていた。

今年もまつりが中止と決まり、町内の方々に中止の報告にうかがった際、「亡きおばあちゃん」の親戚の方と出会った。なつかしく当時の話をしながら、「昔あの、手縫いの半纏を着せてもらったんですよ」、「一度本物を見てみたい」などと会話をしていた。それからしばらくして連絡があった。「この間、片付けていたらあの半纏出てきたよ」と。
すぐに見せていただいた。

その半纏を見た時、一気に気持ちが高まるのが分かった。まつりで披露する演技はできなくても、みんなが繋いできた大切な祭りを、我々は次の世代へきちんと繋いでいかなければならないと感じたのだ。

親から子、子から孫へと、脈々と受け継がれてきた伝統を、我々が次の世代へきちんと繋がないと、と。

今年も、残念ながら「竿燈まつり」は中止だが、竿燈本来の「ねぶり流し」に願いを込めて、来年こそは楽しくできることも祈りつつ、先人たちの想いを少しでも次に繋げたいと思います。

貴志冬樹

秋田県秋田市/第1期ハツレポーター

生まれてこのかた秋田県秋田市在住で、記憶のないころから秋田県の代表する「竿燈まつり」に参加しております!これまで、竿燈まつりを通じ様々な地域へPR活動などを行ってまいりました。訪れた地域の良さに触れながらも、改めて自身の住む所の良さももっとPRしていこうと思います!