歴史がゆっくりと流れる町、滋賀県甲賀市水口町の東海道さんぽ(前編)

 今回初の記事投稿となります、稲垣と申します!今後ともよろしくお願い致します!初投稿のテーマとして、私が住んでいる滋賀県甲賀市(こうかし)を構成する町の一つ、水口町(みなくちちょう)について紹介したいと思います。

1.甲賀市ってどんな所?

皆さまは、滋賀県甲賀市という地名をお聞きになったことはあるでしょうか?筆者も周囲に甲賀市の名前を出すと、「うーん・・・」と言葉に詰まる人が多いのですが、甲賀忍者や信楽焼(しがらきやき)を出すと少しピンと来てもらえる、そんな、ややマイナーかもしれない土地です。(笑)因みに、信楽焼といえばたぬきの置物ですが、水口町のスタバではたぬきの置物がお出迎えしてくれます!

▲スターバックスコーヒー甲賀水口店

 しかし、侮る事なかれ、甲賀という地名は実は奈良時代から書物にその名前が知られ、一瞬だけですが都(紫香楽宮)が置かれたこともある程、非常に歴史が長〜い土地なのです。その背景には京、伊勢、江戸を繋ぐ東海道が通っていたことが挙げられ、交通の要衝としての重要性が町の形成に大きな影響を与えていました。江戸時代においては、現在の甲賀市の市域に水口宿と土山宿という2つの宿場町が置かれ、その名残は今もなおくっきりと残っております。
 

 そして、水口町の名物といえば、かんぴょうです!ゴッホにも影響を与えたと言われる、江戸時代を代表する浮世絵師、歌川広重の作品『東海道五十三次』にも、水口宿とかんぴょうが登場します。版画のカラフルな絵からは当時の人々の生活の活気が生き生きと伝わってきます。

▲水口中央公民館前に展示されている歌川広重の『東海道五十三次』水口宿の版画

2.水口町東海道さんぽ(西側)スタート!

 今回は、水口町に今も遺(のこ)っている旧東海道沿いの街並みを歩きながら、町の魅力を紹介できればと思います!この一帯は、地元の人に「石橋」と呼ばれる小さな橋を境に東西に分かれています。西側は江戸時代に築城された水口城の、東側は安土桃山時代に築城された水口岡山城の城下町として栄えた地域です。

 前編となる本記事では武家屋敷の街並みが遺る西側を、後編では町人の街並みが遺る東側を紹介したいと思います!

▲「石橋」の写真。近江鉄道水口石橋駅から徒歩3分のところにある。

3.観光案内所「甲賀市ひと・まち街道交流館」
 

 「石橋」から西方向に少し歩くと、観光案内所「甲賀市ひと・まち街道交流館」が見えます。中に入ると、観光案内やいろいろなテーマで水口町の見どころをまとめた地図を手に入れることができます。お越しの際は、まずこの、甲賀市ひと・まち街道交流館へ!!

▲甲賀市ひと・まち街道交流館。手前の蔵には祭りに使われる山車が保管されている。

▲甲賀市観光まちづくり協会からで発行されている、水口宿絵地図。

4.旧東海道の街並み
 

 旧東海道をぶらぶらと歩くと、古い日本建築の街並みがナチュラルに続いています。個人的には、これが水口の町の魅力のひと1つだと思っています。有名な観光地の街並みも良いですが、こういった長閑(のどか)な風情のある歴史的街並みを歩いていると時間がゆっくりと流れ、本当にタイムスリップして江戸時代の東海道に迷い込んだような気がします。

 水口町の西側は、水口城があったことから家臣たちが住む武家屋敷が多く、東側に比べてカチッとしてシックな日本家屋が並んでいるように感じます。

▲旧東海道沿いの街並み

 この旧東海道の案内板の下に見える力石は、鎌倉時代の書物『古今著聞集』に記載されている力持ちの美女、大井子(おおいこ、おいね)の力石の説話に因んでいるとのこと。石そのものは江戸時代から知られているそうで、歌川国芳の浮世絵の題材にも取り上げられたそうな。

▲旧東海道の案内板と水口の力石

5.創業100年を超える老舗の酒蔵、美冨久酒造

 少し道を逸れて路地に入ると、さらに雰囲気UPします!こちらは水口を代表する酒蔵、美冨久酒造の裏手。家と家の間を抜ける隙間風にほんのり木の香りがして、どこかノスタルジックな感覚に包まれます。

▲旧東海道の裏路地

 美冨久酒造は、1917年に創業された老舗の酒蔵です。旧東海道を挟むように酒蔵とお店が並んでおり、甘口から辛口までバリエーション豊かな香りの日本酒を醸造されています。様々な日本酒の紹介、飲み比べセットの販売、月末に開催される限定酒の計り売り、蔵見学など、日本酒の魅力を伝える取り組みをされています。

▲美富久酒造の酒蔵。旧東海道を挟むように立っている。

 2021年9月から、蔵カフェ「薫蔵(かぐら)」もオープンされていて、お酒はもちろん麹や発酵食品を活用したお料理の提供もされています。筆者のオススメは、ランチメニューのハンバーグプレート!!麹の甘さや香ばしさ等、様々な個性を生かしたお料理で酒造りの奥深さや魅力に引き込んでくれるような、食べ応えのあるメニューでした!

▲蔵カフェも営業されています!

以下、食レポです。( ̄∀ ̄)
 

・合い挽きハンバーグは、老舗牛肉店岡喜さんの近江牛と、日野町のブランド豚肉

 「藏尾ポーク」に美冨久酒造の酒粕を加えて作られており、肉々しさに麹のパンチ力

 が加わって、重厚な食べ応えでした!

・お味噌汁、だし巻き卵や、甘酒などは、ハンバーグとは対照的に、麹の甘さや

 フルーティな香りを生かした優しい味のお料理。

・そして3つのおにぎりは、本来日本酒用に使用されるお米三種の食べ比べとなって

 います。漬物や海苔と一緒に食べることでお米の香りを味わうことができます!

▲筆者オススメのランチプレート

6.古代の実力者と戦国の甲賀忍者縁の寺、柏木神社
 

 美冨久酒造から歩いてすぐのところに、柏木神社があります。古代において、伊勢神宮との結びつきが強く、また、この辺りの支配者として君臨した柏木三方中(さんぼうちゅう)の宗教・権威の拠り所となっていました。
 

 因みに、柏木三方中とは、飛鳥・奈良・平安時代に活躍した大貴族の流れを汲むと言われる、伴氏(大伴氏の末裔)、山中氏(橘氏の末裔)、美濃部氏(菅原氏の末裔)を指します。いずれも先祖は朝廷の超ビックネーム達です・・・水口の土地と朝廷の関わりの強さを伺わせる事実ですね!

▲柏木神社の灯篭と神門

 中世に入ると、甲賀武士たちが力を合わせ、どの大名にも属さず自治政権を作ります。これが有名な甲賀郡中惣、つまり甲賀忍者でした。彼らはいくつかの「惣」と呼ばれるグループを形成し、それぞれ合議制で活動していました。柏木神社は、そのような打合わせや結束を固める集会所としての機能を果たしていたという古文書が残されているとのことです。

 境内には大きな木がたくさん植っていて、なるほど、忍者が潜んでいそうな感じがします。(笑)

▲柏木神社の入り口

7.水口の誇る滋賀県の史跡、水口城

 そして最後は水口町のランドマーク、水口城です!湧水の青い水に浮かぶ城壁の美しい城は、古くから碧水城という愛称でも親しまれてきました。水口城は、1634年に江戸幕府三代将軍の徳川家光の命により、将軍上洛の際の滞在用として築城されました。設計は、城や日本庭園の建築家、そして遠州流と言われる茶道の開祖として名を馳せる小堀遠州(政一)によるものと言われています。

▲水口城の入り口とお堀

 水口城は、暫くの間幕府の直轄地としての期間を経て、1682年以降は加藤氏が治める水口藩の城となり、明治維新を迎えます。廃城となってからは何度も取り壊しの危機を乗り越え、将軍の上洛の際の宿所として歴史的価値が再評価されたことを契機に、1972年に滋賀県の史跡に認定されました。
 

 現在では、角櫓部分が水口城資料館として水口の城と町の歴史を伝える場として、本丸部分は水口高校の運動場として、今も地元の人たちに愛される大切な場所となっています。

▲水口城の本丸跡。現在は水口高校の運動場になっている。

 さて、いかがでしたでしょうか?今回は、水口町の西側を中心にご案内させていただきました。水口町は、東海道の旅情が現在にも残っている、歴史香る魅力的な町だと思います。今回紹介しきれなかった水口町のオススメスポットはまだまだ沢山ありますし、紹介させていただいた場所も深掘りすれば、様々な文化や歴史が隠されています!今後、そのような深掘り記事も書いていくことができればと思います!

 次回は、水口町の東側を散策しながら紹介できればと思います!乞うご期待!

稲垣洵&沙織

滋賀県甲賀市

歴史が大好きサラリーマン夫と、グルメが大好きな妻です。
日本各地に眠る色々な魅力を見つけて発信することが目標。
現在は滋賀県甲賀市に在住。
自然と歴史に囲まれた長閑な田舎でのんびり暮らしています。
夫は、ブログ『歴史食い倒れ紀行』もマイペース更新中。