「役割」を生きるのではなく「自分を生きる」とは。模索しながら「好き」と「挑戦」を照らす灯台でありたい。【秋田県秋田市】

3 min 116 views
「マッシュルームカフェ&アトリエここつく」を運営する伊藤一恵さん

その店を知ったきっかけは、手の中にすっぽりとおさまってしまうほどの、小さな編みぐるみだった。いたいけなもの、頼りなげなものに何となく心引かれる筆者は、SNSで見つけた写真を一目で気に入り、わくわくとその店に行ってみた。きっとこまごまとした癒し系小物が並んでいるのだろうと勝手に想像しながら店に足を踏み入れたが、そこは決して、“頼りなげ”でも、“かわいい”だけでも、なかった。

「お金の相談」、「ボディセラピー」、「冷凍おにぎり販売」。かと思うと階段の壁は魚のイラストギャラリーになっており、手作り雑貨や洋品販売だけではなく、レンタルスペースではアロマセラピーも行っているらしい。しかし最も筆者の目を引いたのは、この店、「マッシュルームカフェ&アトリエここつく」を運営する伊藤一恵(いとう・かずえ)さんが、まだ制作途中だというハンドメイド作品用の展示棚だ。ここにこれからアマチュア作家たちの委託販売作品が並ぶわけだが、伊藤さんを見ると、ワンピースにペンキだらけの指先。思わず虚を突かれて、「きれいカワイイ」の、舞台裏をのぞいてみたくなった。

編みぐるみのほかにもアートフラワーや洋品、イラストなど、4人のアーティストらの商品を展示販売する「マッシュルームカフェ&アトリエここつく」店内

友に託された言葉が、「あきらめない」理由

「実は私、ずっと一緒に絵を描いてきた親友を、ガンで亡くしているんです」。カラフルな店内とは裏腹の、大切な大切な思い出を、一恵さんは筆者に聞かせてくれた。

その友人は、出産を機に絵をすっぱりとやめ、「年をとったらまた描くから」と言って子育てに専念するも、病気が発覚する。「私は、母親や妻という『役割』を生きてきて、自分を生きる時間がなかった。一恵はそうならないでね」。その最後の言葉が、12年たった今も一恵さんの心に生き続け、以来、「自分を生きる」の意味を反芻(はんすう)しながら、人とのつながりや、縁のありがたさを心に刻み続けた。もともと人見知りだったという一恵さんだが、友の言葉に背中を押されるように、少しづつ「自分の言葉で」「こうあったほうがいいと思うことは、やった方がいい」と思うようになったという。

秋田の長い冬の期間も、「寒いからといって人と顔を合わせない町ではいけない」と、自ら雪まつりをやろうと町民に声をかけ、地域で大きな問題が起きると、「私は本当はこう思う」と大勢のメディアにも震えながら手を上げ、「見て見ぬふり」から卒業し続けた。

「若いころは周囲に溶け込むのも苦手だった私が、何かを始めたり、自分の言葉で話したりできるようになったのは、全部、周りの人たちの支えや協力があったからです。小さくても、震えていても、声を上げれば『それ、乗った!』って言ってくれる人たちがいる、教え、援(たす)けてくれる人たちがいる。そのおかげで、『今も、未来も変えられるんだ』って、勇気を持てました」。親友の残した言葉が、一恵さんの道しるべとなった。

カワイイ!だけじゃない、ファミリーで楽しむ空間に生まれ変わる「釣り東北社」

階段ではアート空間から“水辺のコーナー”へとアプローチ。デッサンスクールも開催している

「マッシュルームカフェ&アトリエここつく」があるのは、かつて釣りマニアたちに人気を誇った月刊誌、「釣り東北」を発行していた雑誌社の1階。一恵さんの夫である伊藤克朗(いとう・かつろう)さんが代表を務め、現在はウェブマガジンとしてリスタート。よりタイムリーな情報を幅広い読者層に届けている。「釣り東北ミニ図書館」があったり、「釣りスクール」を開催したりと、一階のアート空間に続いて建物全体を家族で楽しめる仕組みだ。

「これからの釣りは、釣って自慢するだけでなく、自分でさばいて家族で食べるところまでが“釣り”なんだなって、イベントなどをやってみて分かりました」とほほ笑むのは夫の克朗さん。紙面からウェブへの転換期には紆余曲折(うよきょくせつ)もあったが、波を乗り越えたところには新たな発見も。こちらもまだまだ新しい楽しみ方が広がっていきそうだ。

「マインドを生かして周りのために」。教えるのではなく、導く場所に

手作り作品の展示販売や、チラシを持ち込める「情報広場」は挑戦者のために。そして、暮らしの困りごとやお金の話を、その道のプロに相談できる場を設けているのは、生活者のために。地域の人たちも巻き込んで、家族で楽しめる場所へ。それは全て、人への感謝が源となっている。ようやくここがどうありたい場所なのか、腑(ふ)に落ちてきた。一恵さんは言う。

「私自身が、何かになりたい、のではなく、来る人がチャンスをつかめる場、私ならこうしたい!が湧いてくるような場でありたいと思っています。だから、来る人が何を願っているのか、もっと理解できるような対話がしたいし、『どうせ無理なんだ』と思っている人がいたら、ここに来て、挑戦してみて!という気持ちです」

秋田公立美術大学附属高等学院の生徒さんらによる建物の壁画制作。中には、「ここを第二のふるさとにしたい!」と語った生徒さんもいたという

この場所のコンセプトは「行く道を照らす灯台のようなコミュニティ拠点」だという。一恵さんの友の残した言葉は、一恵さんを導く灯台そのものであり、そして一恵さん自身が、今度は誰かの灯台となり、小さな声を拾い、海原にこぎ出していける道を照らすのかもしれない。

ふとSNSを見ると、一恵さんの真っ白い棚が完成し、作家たちの持ち寄った「私自身」が、にぎやかに「挑戦」していた。

※写真は全て6月20日筆者撮影

情報

「マッシュルームカフェ&アトリエここつく」
住所:秋田県秋田市新屋松美ガ丘東町7−4釣り東北1F
TEL:070-9095-4638
営業時間:月曜~金曜 11:00~15:00 
定休日:土日(臨時休業あり)
月に一度は、お店まるごと「まるごと市場」へ!
「マッシュルームカフェ&アトリエここつく」は、月に一度、土日を含むおよそ一週間、秋田市卸町にある「秋田まるごと市場」にも出店しています。実店舗とは営業時間・店休日が異なりますので、お近くの方はぜひInstagramでご確認を! 
Instagram:https://www.instagram.com/mushroom_cocotuku?igsh=ZWF2YmdjN2k5bzRy

田川珠美

田川珠美

第1期ハツレポーター/移住と就業促進の仕事に関わってから、知らなかった魅力や課題のあることに気づきました。雪国のあたたかく柔らかい秋田を届けたいと思っています。ライフワークはピアノを弾くこと、ワクワクするのは農道探索、そして幸せは、心のふるさと北秋田市の緑の中をドライブすることです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です