曳山と人に感じる、「崎っ子気風」。夜8時に始まる「戻り曳山(もどりやま)」で祭りは最高潮に!【秋田県秋田市】

4 min 369 views
タグ:

2023年7月20日・21日に行われた、秋田市土崎(つちざき)地区の「土崎港曳山(ひきやま)まつり(正式名称:土崎神明社祭の曳山行事)」。3年ぶりの開催、曳山は過去最多の26台。筆者は21日、記録的大雨の爪痕が残る秋田市中心街から土崎へ向かった。港人の困難や苦境に打ち克とうとする勇敢な心持ちと、活気ある「崎っ子(ざきっこ)気風」を肌で感じた。昼間の賑やかさとは一変、夜は熱気高まる「戻り曳山(もどりやま)」で祭りは最高潮に。曳山の「剛(おもて)」と「柔(うら)」が織り成す、その魅力に迫る!

家々に提灯、蘇る記憶

筆者は21日、かつての羽州街道を自転車走行で土崎へ向かった。海抜約20m地点を過ぎると、地上100mから土崎の街を展望できる「ポートタワー・セリオン」が姿を現した。その後目にした、家々の軒先に下がる提灯と遠くに小さく聞こえる太鼓と笛の音に、胸が少し、躍った。

《将軍野(しょうぐんの)一区の曳山の裏で、軽快な港ばやしが奏でられる。》

午後4時前。将軍野一区の曳山が、総合本部のある「本町通り」交差点を通過した。将軍野一区は、毎年曳山を奉納する唯一の町内である。転校生であった筆者は、小学生時代に3年ほど土崎・将軍野地区に住んでいたことと、お祭りの格好をした曳子たちに憧れていたことを思い出した。

曳山と人に感じる「崎っ子」気風

「崎っこ」気風が現れる威勢のよい掛け声

闊達でウイットに富む「崎っ子」気風の起こりは、港の築港が始まった慶長1596年まで遡るという。400年の歴史ある祭りとともに、子孫代々受け継がれてきたのだろう。陽気な表情で会話をする地元民と、町行く人の後ろ姿に感じる「崎っ子気風」が、土崎の街全体の空気を明るく包み込む。

昼と夜の曳山を堪能

五十嵐記念病院交差点のある本町通りは、屋台が軒を連ね、昼間は多くの人で賑わう。日はとっぷり暮れ、地元住民は戻り曳山の開始を待つ。夜8時、狼煙の合図で始まる戻り曳山は、深夜にかけて、威勢のよい掛け声とお囃子とともに各町内の会所に戻る。

「鉄道社宅」町内の曳山。雰囲気の違いを感じる。
「鉄道社宅」町内の曳山。雰囲気の違いを感じる。

夜の曳山は、昼間と比べて断然、迫力が増す。特に、総合本部を左折する時、曳山が90度向きを変える瞬間がヤバい。曳山の船頭役「音頭取り」や曳山の進行を調整する、長い木の棒を持つ「振り方」と曳子たち皆が力と息を揃えて動いた直後、観衆はどよめき、なかにはガッツポーズをする若い女性もいた。

そもそも「見返し」とは?

土崎駅前に掲示される全町内の見返し。

総合本部にいた将軍野二区町内会参与会の眞光勇助(まひかり・ゆうすけ)さんが、全町内の曳山の「見返し(曳山裏の立札に書かれた句)」が土崎駅にあると言うので筆者は見に行った。句を象徴する「見返し人形」とともに、これを機会に深掘りする。

曳山には正面(人形側)と裏面(囃子やぐら側)があり、正面の武者人形・裸人形で歴史的な場面を表現する。歴史資料を参考にし、なるべく過去の場面と重複しないよう、よく考えて練られる。一方、裏面にはユーモア感のある表情をした「見返し人形」が見える。剛健な「剛(おもて)」の場面を見た後、裏でお囃子の柔らかさ「柔(うら)」と軽やかなタッチの見返しを楽しむわけだ。

「見返し」には世相を風刺的に「見返す」意味合いがあり、厳しい時代を皮肉や滑稽な語呂合わせでコミカルに表現したものが多い。今年最優秀賞を受賞した将軍野一区の見返しは「コロナ明け 港のにぎわい 山車咲いた(やま最多)」。ちなみに、筆者が生まれた1978年は不景気続き。当時将軍野五区の見返しは、「大福も 景気(ケーキ)も喰えない 俺達は」。大変な思いの中でも、小気味よく笑い飛ばす前向きな気質を感じる。

このように、港曳山は見方次第で色々な印象を受け、自分なりの楽しみ方があることに気づく。

祭りの主体、神事を知る。

神様のいる大会所。左側が柏﨑さん。

「曳山は祭りで一番目につきますが、神事あっての曳山なのです」と話すのは、祭りの会計監査を務める統前・菻町(がつぎまち)の柏﨑雅夫(かしわざき・まさお)さん。

7月1日、祭り関係者の家々を清める神事である「清祓い(きよはらい)」に始まり、7月15日の「降神祭(こうしんさい)」で神様の御分霊(ごぶんれい)を大会所の幣束(へいそく)に宿らせる。21日午前7時からは、大会所で神輿渡御(みこしとぎょ)の安全を祈る奉幣(ほうへい)神事、朝9時に土崎神明社で始まる例大祭など、様々な神事と曳山の運行が一体となって祭りを構成する。

ちなみに、戻り曳山の翌日22日に大会所で行われる神事「昇神祭(しょうしんさい)」で神様の御分霊が天に戻り、全ての神事が終わる。

「大雨で深刻な被害を受けた秋田市民が多く、祭りの開催を控えるべきとの意見もあった。けれど、そんな中でも祭りが災害を受けた人たちを励まし、早く町の復興が実現できればという主催者側の思いがあります」と柏﨑さん。

港曳山祭りは元々、住民の疫病・悪病などによる苦しみを鎮め、退散させる意味合いがあったとも言われる。

柏﨑さんのもうひとつの役目は、宮司に代わり榊󠄀を持つ「榊󠄀持(さかきもち)」だ。筆者は、話に聞いた高さ1mにも及ぶ榊󠄀が気になり、土崎神明社で探し当てた。重さは5〜10kgあると聞いていた通り、持ってみるとずしりと重く、両手でも高く持ち上がらなかった。土崎の町を超え、秋田市一帯を奉ったであろう、この榊󠄀の力で、秋田の街全体に明るい未来が拓けることを、筆者は願うばかりであった。

榊󠄀の幹は直径4cmある。芽吹きに希望を抱く筆者の右手。

名残惜しさも、祭りの味。

町内会所付近に戻った幕洗川(まくあらいかわ)三区の曳山。

筆者は、まだ続く祭りに後ろ髪を引かれる思いで帰路に着いた。しんと静まり返った家々の路地から、笛の哀愁漂う美しい旋律「あいや節」が聞こえた。どこか切なく寂しい気持ちもするが、これも祭りならではの情感だろう。

戻り曳山のお囃子【あいや節】

色々な意味で特別な思いを抱いた、今年の土崎港曳山まつり。やはり、百聞は一見にしかず。ユネスコ無形文化遺産登録となった土崎神明社祭の曳山行事をぜひ、あなたの五感で味わってみてほしい。

《土崎神明社前の掲示。祭りモチーフのネオンとともに。》

■参考文献

『土崎港祭りの曳き山行事』平成5年3月31日秋田市教育委員会発行

『土崎神明社みなと曳山祭りの曳山 〜人形解説副読本〜』平成14年 土崎経済同友会 発行

『湊ばやしの人生』和合谷慶三郎著 平成18年11月23日発行『湊ばやしの人生』編集会議編集

『土崎神明社祭の曳山行事』平成26年3月発行 秋田みなと振興会発行 

『港曳山祭りのしおり第52号』令和5年7月20日 土崎経済同友会発行

タグ:
田畑詞子

田畑詞子

秋田県秋田市

第1期ハツレポーター

1978年秋田県生まれ。清泉女子大学文学部英語英文学科卒。東京で就職後、いったん帰秋。2017年、横浜在住時にライター養成講座に通い、その後地元秋田でWeb記事の取材・執筆活動に携わるようになる。
日々の暮らしをブログに綴ったり、親しい仲間や縁遠くなった友人へ手書きのZINEを書いて送ったりと、書くことが好き。エッセイや小説へも関心がある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です