
パリ20区の住宅街を歩いていると、不思議な場所にたどり着く。
かつて列車が走っていた線路の脇に、人々がコーヒーを飲み、食事を楽しみ、思い思いの時間を過ごしているのである。
ここは「ラ・ルシクルリー(La REcyclerie)」。
廃線となった鉄道施設を再利用して生まれたエコカフェであり、近年のパリを象徴する場所のひとつとして注目を集めている。単なるおしゃれなカフェではない。ここには環境問題や地域コミュニティ、そして都市の未来について考えるためのヒントが詰まっていた。

目次
パリの端にある、少し特別な場所
ラ・ルシクルリーがあるのは、市内の最北端に近く、郊外との境目にあたるエリアである。すぐ近くには、世界最大級の蚤の市として知られる「サン=トゥアンの蚤の市」があり、週末になるとアンティークや古着を求める人々でにぎわう。
観光客であふれるエッフェル塔やルーブル美術館周辺とは異なり、この辺りには地元住民の生活が色濃く残っている。そんな街の空気の中に、ラ・ルシクルリーは自然に溶け込んでいる。

廃線から生まれた新しい居場所
ラ・ルシクルリーがあるのは、かつてパリを一周していた環状鉄道「プティット・サンチュール(Petite Ceinture)」沿いである。
19世紀に建設されたこの鉄道は、貨物や旅客輸送を支えた重要な路線だった。しかし地下鉄や自動車交通の発展とともに役割を終え、多くの区間が使われなくなった。
ラ・ルシクルリーは、その旧駅舎を再活用して2014年に誕生した。
歴史ある建物を壊して新しいものを造るのではなく、既存の資産を生かしながら新たな価値を生み出す。その発想自体が、この施設の理念を象徴している。

「消費する場所」ではなく「学ぶ場所」
店内に入ると、まず感じるのは開放感である。広いテラス席からは線路跡を眺めることができ、都会の真ん中にいることを忘れてしまうほど緑が多い。
それもそのはず。ラ・ルシクルリーは「循環」をテーマにした施設として運営されているのである。館内では環境保護やリサイクルに関するワークショップが開催され、修理工房では壊れた家電や家具を直す活動も行われている。
大量生産・大量消費が当たり前になった現代社会の中で、「捨てる前に直す」「買う前に工夫する」という考え方を実践しているのである。
カフェでコーヒーを飲みながら、自然と持続可能な暮らしについて考えられる場所になっている。

循環型経済の象徴として
ラ・ルシクルリーは、フランスで近年広がる「Économie circulaire(循環型経済)」を象徴する事例として紹介されることも多いようだ。
循環型経済とは、資源を大量に消費し廃棄する従来の経済モデルではなく、修理や再利用、リサイクルを通じて資源をできる限り長く活用しようという考え方である。
この場所では、建物そのものが廃線跡の再利用であり、家具や設備も可能な限り再活用されている。つまりラ・ルシクルリーは、環境問題について語る場所であると同時に、その解決策を実践する場所でもあるのだ。

食べることから始まるサステナブルな暮らし
ラ・ルシクルリーを訪れた多くの人がまず驚くのは、メニューの内容かもしれない。ここでは地元産の食材や、季節の野菜を積極的に取り入れた料理が提供されており、特にビーガンやベジタリアン向けのメニューが充実している。
近年のフランスでは、環境負荷を減らす観点から植物性食品への関心が高まっている。ラ・ルシクルリーもその流れを象徴する存在であり、「何を食べるか」もまた環境との関わり方のひとつとして提案している。
実際に店内を見渡すと、ビーガンメニューを注文する人の姿も珍しくない。肉や魚を使わなくても十分に満足できる料理が並び、サステナブルな暮らしが特別なものではなく、日常の選択肢として存在していることが伝わってくる。
環境問題というと難しく聞こえるが、この場所ではまずおいしい食事を楽しむことから始まる。その気軽さこそが、多くの人を引きつけている理由なのかもしれない。


サードプレイスとしての役割
ラ・ルシクルリーを訪れて印象的だったのは、その利用者の多様さだった。
ノートパソコンを開いて仕事をする人、家族連れで食事を楽しむ人、友人同士で語り合う若者たち。
観光客向けの施設というよりも、地域住民が自然と集まる場所になっている。
アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグは、自宅でも職場でもない居場所を「サードプレイス」と呼んだ。ラ・ルシクルリーはまさにその典型である。
人々が気軽に立ち寄り、交流し、新しいアイデアが生まれる場所。その役割は、単なる飲食店の枠を超えている。

都市の未来は再利用から生まれる
都市開発というと、新しいビルや商業施設を建設することを思い浮かべがちである。
しかし、ラ・ルシクルリーが目指しているのは、まったく異なる未来だ。
役割を終えた鉄道施設を壊すのではなく再利用する。不要になったものを捨てるのではなく修理する。そして環境問題を特別なものではなく日常の中に取り込む。
そこには、「成長」だけを追い求めるのではない、新しい都市のあり方が見えてくる。
かつて列車が人を運んでいた場所は、今では人と人をつなぐ場所になっている。



※写真は全て筆者が撮影(2026.05.30)




