「杜の都」仙台を堪能するならここに行かなきゃもったいない。閑人が独断で選ぶ散歩スポットその2【宮城県仙台市】

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「独眼竜」伊達政宗が開いた城下町、仙台。現在の仙台市は人口約109万人と東北地方最大で、唯一の政令指定都市でもある。宮城県の中央部を奥羽(おうう)山脈から太平洋まで貫く市域は自然が豊かで、街路樹も多く「杜の都(もりのみやこ)」として知られている。

東京から東北新幹線で最速1時間30分というアクセスの良さもあり、年間を通して多くの観光客で賑わっている。しかし、仙台城(青葉城)跡を見学して牛タンとずんだ餅を味わった後は、「日本三景」松島や「陸奥国一宮(むつのくにいちのみや)」塩釜(しおがま)神社などに向かう人がほとんど。残念ながら「杜の都」の魅力を堪能しているとは言い難く、本当にもったいない。

そこで、暇にまかせてカメラ片手に仙台市内を歩き回っている筆者が、とっておきの散歩スポットをいくつか紹介したい。

仙台散歩スポット「東北大学片平キャンパス」

仙台市の中心市街地の南西に位置する東北大学片平(かたひら)キャンパス。そこは仙台市民にとって掛け替えのない「憩いの場」となっている。

片平という地名は、広瀬川の段丘崖に沿った道の片側だけに屋敷があったことに由来する。藩政時代には仙台藩の重臣の屋敷が連なり、いずれも他藩の大名並みの石高を有していたことから「大名小路」とも呼ばれていた。

戊辰戦争に敗れたことで片平地区は明治政府に接収され、1887(明治20)年に旧制第二高等学校、1907(明治40)年に東北帝国大学が創設された。さらに仙台医学専門学校や仙台高等工業学校も設置され、片平は「学都仙台」を象徴するエリアとなった。

1945(昭和20)年7月10日未明、アメリカ軍の爆撃機123機が投下した焼夷弾で仙台市の中心部は焦土と化し、片平キャンパスも建物の4割が消失した。戦災によって仙台市内には、明治から大正、昭和初期の洋風建築は数える程しか残っていない。その約半数の17棟は片平キャンパスに立地し、13の建造物が登録有形文化財に指定されている。

片平キャンパスは昭和40年代前半まで多数の学部と研究所が集まる東北大学のメインキャンパスだった。現在は川内キャンパスと青葉山キャンパスに学部が移転し、大学本部と金属材料研究所や電気通信研究所などの研究所に加えて展示施設が整備され、広く一般に開放されている。

レトロな建物が点在し、多様な樹木が四季折々の表情を見せる片平キャンパスは、都会の喧騒を忘れて散策を楽しむ市民が絶えない。

写真1 仙台の繁華街である一番町を南下し、北門から片平キャンパスに入ると巨大なメタセコイヤの並木が目に飛び込んでくる。「ミスター半導体」として知られる西澤潤一元東北大学総長の父親で、やはり名誉教授だった西澤恭助博士の退官を記念して1956(昭和31)年に植樹された。

写真2 鉄筋コンクリート3階建でL字型の広大な建物は、1927(昭和2)年から1935(昭和10)年にかけて建設された東北帝国大学理学部化学教室棟。垂直線を強調したデザインとスクラッチタイル張りの外壁が特徴で、現在は大学本部が入っている。

写真3 木造平屋建で白色ペンキが塗られた仙台医学専門学校の六号教室(右)と博物・理化学教室(左)。どちらも1904(明治37)年に建てられた。六号教室は仙台医学専門学校に留学した中国の文豪、魯迅(ろ・じん)が学んだ階段教室として知られている。

写真4 建物に囲まれた一角に見事な枝ぶりの一本桜と枝垂れ桜が植えられている。キャンパスの奥まった場所にあるため、訪れる人は少ない。

写真5 正門から続く道に面した東北大学史料館は、1926(大正15)年に東北帝国大学附属図書館閲覧室として建てられた。瓦ぶきの屋根に載せられたベル型の塔屋、石張りと煉瓦(れんが)積み、塗装仕上げを組み合わせた外壁が趣のある外観を作り上げている。史料館では大学の歴史や魯迅に関する資料などを展示している。

写真6 キャンパス中央の「学都記念公園」は、かつて旧制第二高等学校の校庭だった。何本もの桜の周りに芝生が広がり、子どもたちの絶好の遊び場となっている。

写真7 赤褐色の煉瓦が印象的な旧制第二高等学校書庫は1910(明治43)年ごろに造られた。明治期の煉瓦造建築の歴史を伝える貴重な建物で、文化財収蔵庫として今も使われている。

写真8 キャンパスの南端に位置する仙台高等工業学校建築学科棟は1930(昭和5)年の建設。1階中央のアーケードの正面には、仙台高等工業の「SKK」のマークが施され、東側の階段室の窓は傾斜して配置されている。

写真9 正門の近くにそびえるイチョウは樹齢が250年ほどで、仙台市の保存樹木に指定されている。江戸時代から片平の移り変わりを見続けてきた。

写真10 東北帝国大学理学部生物学教室は、1924(大正13)年に完成した大学初の鉄筋コンクリート造建築。褐色煉瓦と縦長の窓で構成された円形コーナー、レリーフ装飾が施された玄関など秀麗さが際立つ。放送大学宮城学習センターや東北大学ギャラリーに使用されている。

佐瀬雅行

佐瀬雅行

宮城県仙台市

第7期ハツレポーター

仙台市在住。地方紙の写真記者として東北各地を取材する。2014年に独立、東北地方の風土などをテーマに撮影を続けている。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員

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