まるで田んぼに浮かんだ楽園のよう。豪雪を乗り越えて咲く藤の競演に息をのむ【秋田県大館市】

3 min 11 views

「ねえ、これからどこ行く? 他にこの辺で何かイベントやってないかなぁ」
目当ての催し物が思いのほか早く終わってしまい、時間を持て余した筆者と連れあいは、秋田市から車で2時間かけて来た大館市のコンビニの駐車場で途方に暮れていた。せっかくここまで来たのだからと、地図とスマホを交互に見る。
「とりあえずここに行ってみない? ここから10分だって。十ノ瀬、『とのせ』って読むのかな。藤の郷って書いてあるよ」

偶然訪れたらまるで別天地。水鏡に浮かんだ“藤”源郷。

両脇に広がる山すそは、どこまでも肩を組んで空と大きさを競うようだ。5月、緑がグラデーションをつくる中、秋田県の北を、そのまた北へと走る。道々に立てられた「十ノ瀬 藤の郷(とのせ ふじのさと)」の旗を頼りに、たどり着いて驚いた。

 ピンク、紫、白の、こんもりと色鮮やかな藤の木々が、水を張った田んぼに、まるでぽっかりと浮かぶように広がっている。山が「山」という漢字のままそこにあり、ふところに守られるように、その場所はそよそよと“笑って”いた。

 「桃源郷より桃源郷だ……」。桃源郷を見たこともないくせに、あまりの美しさに息をのむ。まるでパステル画のような藤の花と、雄々しく見下ろす山と、広大な水田のコラボレーション。藤といえば藤棚のイメージしかない筆者は、その自然が織りなす三者面談にガッツリと心を奪われてしまった。木の間をくぐり抜けるたび甘い香りがふわりと漂い、鶯に交じってカエルの声も聞こえる。

花房が風と遊ぶ、藤のメリーゴーランド

今年は昨日開園したという藤の郷では、多くの観光客が思い思いに写真を撮っていた。
「ここは藤が、普通の藤棚じゃなくて、一本一本支柱で立てられているからいいんだよ。それが他と違うところだね」。
地元の人たちだろうか、楽し気に話す声につられてよくよく木を見ると、確かに木は頑丈な柱で支えられ、枝は柱から吊り下げるように、まるでメリーゴーランドのような姿かたちに仕上げられている。木の下にしゃがみ込むと、鮮やかな日傘の下にいるようだ。花房を目線より低い位置で見ることが出来るので、そっと手のひらにのせると、「ほら、こうやって私、咲いているのよ」と、緻密な自身のつくりを筆者に伝えてきた。

「可憐」ではない、「たくましい女優」なのだ。

さて花園の奥に、無残にも幹がざっくりと割れた木がある。去年の豪雪時、雪の重さに耐えきれず幹が割れてしまったという。被害を受けた他の木は修復したが、この一本だけは経過観察のためにわざとこのままにしてあるのだとか。しかし驚くことに、木の皮たった一枚でつながりながら、しっとりと白い花が、地面にこぼれんばかりに低く咲いている。花を咲かせるほどの水分や栄養をいったいどうやって取り込んでいるのかと思うと、その生命力には畏怖すら覚える。よく子どもの浴衣や帯に描かれる藤の花に筆者はこれまで、可憐な花のイメージを持っていた。しかしこうして、自然災害に痛手を受けながらも、人の手によって愛情をもって修復され、見事に咲き誇る姿は、「可憐」なだけの花にはつくれまい。
 もともとホップ畑だったというこの場所は毎年、この藤の郷をつくった方をはじめ、管理会社や地元の方たちの協力によって、一年のうちのほんの短い期間だけ、「十ノ瀬 藤の郷」として開園される。今年は5月16日から24日まで、それ以外の期間は一切入ることはできず、長い長い休憩時間(管理期間)に入る。まるで、人生のうちの最も美しい日々だけ、その姿を舞台に現す幻の女優のようではないか!

「いい時に来たなあ……」
まだ呆然としながら、夢中で写真を撮る連れあいに話しかけ、目当てのイベントが早く終わったことにこっそりと感謝した。

▲てっぺんの幹が割れているのがお分かりだろうか。豪雪被害の大きさを物語る、経過観察中の藤の木

これでもまだ、「秋田には何もない」と言うかって!

実は筆者は帰ってからの一週間も興奮冷めやらず、動画を見たりフォトブックを眺めたりして過ごし、翌週末も2時間かけて、くだんの花園に行ったのである。2週続けて行くというのはさすがにめったにない。しかし、たとえ有名な観光スポットだったとしても、筆者のように、秋田県民でも「話には聞くけど行ったことはない」「知らなかった」という方は少なくないのではないだろうか。

「秋田には何もない」と、秋田の人ほど言う。しかし、空に負けじと広がる山のふところで、薫風わたる水田に映し出される色とりどりの藤の花が、豪雪を乗り越えて力強く咲く。鶯とカエルの声だけをBGMに、桃源郷ならぬ“藤”源郷が、たった1~2週間、ぽっかりと現れる。
「これでもまだ、何もないって言うかって!」
偶然、初めて出合えた別天地で、思わずそう呟きながら、浮世に帰る道を走った。

写真は全て筆者撮影(5月17日、23日)

情報

★十ノ瀬 藤の郷
 住所:〒018-3501 秋田県大館市山田茂屋スカノ岱
 電話:0186-59-6777
 公式サイト:https://tonose-fujinosato.com/
 Instagram:https://www.instagram.com/tonosefujinosato/
※今年の開園は終了しました。詳細はぜひInstagramでご確認ください。

田川珠美

田川珠美

第1期ハツレポーター/移住と就業促進の仕事に関わってから、知らなかった魅力や課題のあることに気づきました。雪国のあたたかく柔らかい秋田を届けたいと思っています。ライフワークはピアノを弾くこと、ワクワクするのは農道探索、そして幸せは、心のふるさと北秋田市の緑の中をドライブすることです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です